屋内農業×AIで切り拓く、最先端農業のいまとこれから

高齢化による担い手不足や気候変動による不作にあえぐ農業は、近年ハイテク化がトレンドの様子。なかでも季節や天候に左右されず、さまざまな作物を効率的に育てることができる屋内農業は、注目を集めてきましたが、それをAIによってさらに進化させているのが、米国発の屋内農業プラットフォーム「Square Roots(スクエアルーツ)」です。
今回、日本へ上陸し、2025年の秋には日本にデモファームも設立予定という同社日本法人の代表取締役CEO 松本 舞さんと、代表取締役副社長 横山洋樹さんに、ソリューションの強みや日本での展望をうかがいました。

都市部で効率的に野菜を作れる屋内農業を、これからのスタンダードに

――まず、スクエアルーツと設立の経緯について教えてください。

松本 舞氏(以下:松本氏):スクエアルーツは、テック業界および食料分野で幅広い実績を持つキンバル・マスク氏と、数々のAIやデジタルサービス事業を成功させウォルマートの海外モバイルコマースも率いた起業家であるCEOトビアス・ペグス氏が、2016年にニューヨークで創業した環境制御型屋内農業スタートアップです。

創業の背景には、日本と同じく米国内でも進む農業従事者の高齢化と担い手不足、深刻な気候変動に対応する必要性がありました。テクノロジーを駆使して都市部で効率の良い農業を行うことで、需要地である都市部近郊での地産地消で輸送により発生する環境負荷を大きく削減できます。また、農業が時代遅れで稼げないものであるというイメージを払拭し、都市部に遍在する若者を農業に呼び込むことも狙いの一つです。

今後の需要や環境課題に対応すべく、最初に取り組んだのが、都市部における貨物用の40フィートコンテナを利用したモジュール型農場です。内部は完全に閉鎖された空間であり、栽培環境を徹底的に管理することで効率的にハーブや野菜を栽培できるシステムを構築しました。収穫した野菜を24時間以内に提携するスーパーに届けるという、米国においては超ローカルであると言える流通網を、これまでに5つの州で展開しています。

横山洋樹氏(以下:横山氏):このモジュール型に加え、スクエアルーツ農場の核となるのが、クラウドで接続されたプラットフォームです。AIや各種センサーやビッグデータなどを活用した精度の高い環境制御を実現させており、生産性を飛躍的に高めたり、より栄養価の高い野菜を作ったりすることが可能になっています。

――屋内農業は近年注目されている分野ですが、どのような部分が評価されているのでしょうか?

松本氏:気候変動や異常気象の影響で世界的に農作物の収穫が不安定になっているなか、環境制御型の屋内農業は天候に左右されず、計画通りに安定して作物を収穫できる夢のような技術です。特に垂直型の屋内農業は、都市化や人口増加で耕作できる土地が減るなかでも、限られたスペースで効率的に収穫を増やすことができます。

また、環境負荷を抑えたクリーンな農業としても期待されていて、水耕栽培を採用する場合には従来の農法に比べて約95%の節水が可能ですし、AIを使って野菜ごとに最適な環境をつくることでも生産性を高めるとともに省エネにも寄与します。

横山氏:特に米国で屋内農業が急速に広まっているのには、他の国にない理由があります。まず、米国の農業の約7割はカリフォルニア州で行われている(※例えば2021年のレタス生産量は全米の約74%)のですが、その土地が渇水問題により地下水も取れなくなるほどの渇水状態にあるということ。さらに、農業や輸送を担っていた主にメキシコからの労働者が、トランプ政権による規制強化によって急減した影響などもあり、労働力も不足しています。

そもそも米国内では「生まれてから生野菜を食べたことがない」という人もいたりします。そのような野菜の生産や輸送に問題を抱えている環境下で、日本人が食べても非常に美味しいと感じるレベルの野菜を作れる屋内農業は、まさに夢のような技術なんです。

モジュール型と環境制御型の二本柱で“B品率0%”の農業を実現

――スクエアルーツで展開している屋内農業の特徴や、使われている技術を教えてください。

松本氏:モジュール型の栽培空間には多数のAI搭載センサーが配置され、温度、湿度、気圧、光量、養分濃度などの環境データを秒単位で収集します。この膨大なデータをAIが解析し、日中と夜間の温度変化を再現して空調を自動調整したり作物の種類や生育段階に応じて光の強さや角度を調節したりすることで、それぞれの作物に最適な環境をリアルタイムで実現しています。

例えば、バジルは米国の農場だと収穫までに50日程度掛かるのですが、最新のシステムでは28日と、およそ半分の期間で育成できます。それだけでなく、見た目や風味の品質も高く保つことが可能です。AIが作物の生育状況を分析し、その時々で作物が欲しがっている環境を自動的に整えることで、生育スピードと品質の両方を飛躍的に向上させることができるのです。

横山氏:技術的な観点から見ると、実は空調コントロールによって気候を再現するのはとても特徴的な部分なんです。というのも、部屋のなかは場所によって温度、湿度、気圧などが違うのが普通で、均一に調整することは難しく、どうしても生育スピードや質にばらつきが出てしまいます。

その点、スクエアルーツでは、宇宙での農作物栽培も視野に入れて技術開発を進めてきました。各モジュールの規格を統一することで、内部環境を高い精度で均質に制御できるようにしています。一つひとつの空間が同じ規格のため、ユニットごとに精度を高く均一に栽培環境を制御する技術が発達しているんです。その結果、種が発芽しないなどの初期不良を除くと、B品率は0%を実現しています。

――屋内農業というと広大な工場のようなものを想像しますが、モジュール型ならではの強みというのもあるんですね。

松本氏:スクエアルーツでは独自のモジュール型の条件を利用して、長年のフィールドワークとデータ収集によって独自の環境制御技術を培ってきました。植物の生育にとってベストな環境を作り出すためにも、実際に生産地を訪れて生育データを収集し、分析チームが100種類以上もの気候条件を試す実証実験を繰り返し行っています。

これだけの数の実験ができるのも、栽培ユニットごとにまったく異なる環境を作ることができる、モジュール型であることのメリットです。気候を再現するどころか、自然環境ではあり合えない気候を作り出し、しかも複数パターンを同時に実験できるという点にも、圧倒的な優位性があります。一般的な屋内農業では、特に大規模に運営されているところでは環境設定の変更のリスクが高く、実験的な試みを行うのは容易ではありません。

――スクエアルーツは、なぜ日本に上陸を決めたのですか?

松本氏:創業者のふたりはもともと日本に強い関心と好意を持っていて、日本を訪れた際に日本の料理や食材、農業を体験した際に、その幅広さや奥深さ、品質への強いこだわりに感銘を受けたというのが大きな理由です。Square Roots本社としても、日本レベルのクオリティを目指すべきだと考えています。

欧米の農業では「バナナならこの栽培レシピで育てるのがいちばんいいから、他の農園でも同じレシピで同じ品質のバナナを作ろう」と考えるのですが、日本では同じ「ほうれん草」でも、あらゆる農家がそれぞれに品質を磨いていて、とても美味しいほうれん草が何種類もあるのが普通ですよね。そういった日本の野菜の多様性というところにも、興味があったのだと思います。

リアルな日本の旬の味を、世界へ発信

――こうしたソリューションは、日本の農業にどういったメリットをもたらすと思いますか?

横山氏:日本の農業が直面している危機というのは、高齢化や後継者不足によって、せっかくの素晴らしい作物の採算ノウハウが途絶えてしまいそうになっているという点だと思いますが、まずひとつに、スクエアルーツの屋内農業を通じて、その作物自体や栽培レシピの“保存”や“さらなる改良”ができると考えています。生産力が失われかけている作物が安定的に供給できるようになれば、日本の食文化を守ることにもつながりますし、将来的には食糧問題のような大きな課題にも貢献できると思っています。

また、日本の農業の未来のためには担い手を増やすことが不可欠ですが、屋内農業は若い世代や他分野からも参入しやすい、新しいワークスタイルも提供できます。実際に私たちは、ひとりが2つのゾーンを約2カ月で管理できるようになるマニュアルを持っており、就農障壁を下げています。都市部で暮らしながら安定した収入を得られるというイメージを発信していくことで、栽培レシピや文化の保存、そして担い手不足の解消、このふたつを実現していきたいですね。

――円安のいま、日本発のフードカルチャーや食のイノベーションを世界に発信していくことも重要視されています。ここに対しての取り組みはいかがですか?

松本氏:日本の栽培レシピをデータ化して、海外に輸出することができるのではないかと考えています。日本の農産物は質がすごく高くて美味しいのですが、同時にとても繊細であり、農家さんが満足できるレベルまで熟してから出荷をすると、現地に到着した頃には半分以上が腐ってしまうといったことも。だからといって、他の国が行っているように、まだ青い内に収穫して、出荷するコンテナの中で追熟させるのでは、味が落ちる。そこで、現地にスクエアルーツ専用のコンテナを設置してその中で作ることができれば、本当の日本の旬の味を楽しんでもらうということができるのではないかなと。

イメージとしては、音楽ストリーミングサービスを思い浮かべてもらえると分かりやすいかもしれません。日本の野菜や農作物の栽培レシピがスクエアルーツのネットワークを通じて共有され、世界各地で活用される。例えば、サウジアラビアや英国などの海外拠点において、そのレシピに基づいて作物が生産された場合、システム利用料の一部がレシピを作成した日本の農家に還元される仕組みです。栽培レシピは大切な“知財”ですから、スクエアルーツの本社と協議を重ねてしっかりと管理していきたいと思っています。

――その一方で、まだ新しい分野ゆえにさまざまな障壁も立ちはだかるのでは?

横山氏:そうですね。やはり種苗法の関係で、品種によって国内の特定の地域でしか栽培できないなどの制限は考慮しなければなりません。その点に関しては今後も模索していかなければなりませんが、一般的に入手できる種苗の範囲内でも多くの可能性があり、成長初期の段階で収穫される「マイクログリーン」と呼ばれる若芽野菜の活用など、面白い取り組みにつながるアイディアがあります。例えばワサビのマイクログリーンの場合、ちゃんと涙が出るくらい風味が強く、ワサビの味をしっかりと再現できて、しかも2週間くらいの短期で収穫が可能です。本ワサビそのものについても育成の研究を進めておりゆくゆくは産地や政府と足並みを揃えてワサビとそれに付随する日本の食文化を世界に発信することにも取り組んでいけたらと思っています。

松本氏:あとは、都市部においては公的な農業支援の枠組みが余りなかったり、屋内農業は工場扱いとなってしまい、工業地域以外の用途地域で展開しようとすると面積の制限があるなど、株式会社の範疇では通常の工業的な工場と同じ規制を受けます。そういったところは、まさに法律や制度が想定していない部分が多く、まだ追いついていない点ですね。屋内農場から廃棄物として出るのは少量の水や野菜くずくらいですし、新鮮な野菜が安定的に手に入るという点では地域にもメリットがあります。また既存の農業を支える方々とも対立する存在ではなく、むしろ日本の伝統的な農業のスタイルを守ることに寄与しつつ、気候変動や人手不足に対応して持続可能性を高めていく存在として貢献をしていけたら、ということなのかなと思っています。

日本の農業を、明日へとつなぐ存在を目指して

――昨今のAI技術の進歩を客観的にご覧になって、期待することはありますか?

松本氏:食は最終的に人の体に入るものであるため、農業のすべてがAIに取って代わることはないと思いますが、透明性やトレーサビリティの向上においても大きな役割を果たせるだろうし、人間は、より創造的で倫理的な活動に集中できるようになると思うので、そこに期待をしています。

横山氏:私も同じ意見です。ただ、注意すべきなのは、AIの万能性を読み間違えないようにしなくてはいけないというところ。教育分野を例にすると、AIがいくら発達しても、教師という存在が必要なくなるわけではありません。AIは最適なカリキュラムや指導方法を示してくれますが、最適なカリキュラムは経験を積んだ教師の力を基にして作成されますし、教材の質だけ上がっても、教師による学ぶ人のやる気を引き出すコーチングも揃って初めて高い効果が生まれます。つまり、アナログな知識や経験といった「本物」があって初めて、AIの価値が発揮されるのです。

スクエアルーツが日本の農業に学ぼうとしている理由も、まさにそこにあります。私たちはAI技術の進化を積極的に取り入れつつも、日本の伝統的な農業が持つ知識や技術を吸収し、その価値を高めていく姿勢を忘れてはいけないと考えています。

――最後に、今後の展望について教えてください。

松本氏:日本をアジア地域に向けたショールームとして位置づけ、日本国内で栽培した独自の作物とともに、屋内農業の魅力を発信していくこと。そして、そこを通じてこれまでの屋内農業や植物工場といった都市型農業のイメージを再構築し、都市のカルチャーとして再び捉え直すことにも注力していきたいと思っています。屋内農業は従来の農業から切り離した存在ではなく、あくまでも自然の延長線にあるもの。都市農業が地域社会に与えるポジティブな影響についても発信していきたいですね。

横山氏:スクエアルーツのような室内農業の推進は日本の食糧自給率を上げていくという意味で、大きな枠組みでは安全保障にも関わってくる話です。作物の安定供給により、人々の食生活が保障されていくとともに、同時に取り組みたいのが、次世代に日本の食文化をつないでいくこと。日本におけるスクエアルーツは、国内のかけがえのない農作物を保存・継承するプラットフォームとしても活用されるべきだと思っています。次世代に日本の食文化をつないでいくこと。スクエアルーツには、その使命を担っていくことができるポテンシャルがあると思っています。

例えば、ワサビ栽培が盛んだった伊豆では、現在気候の問題から昔のようなワサビを作ることが難しくなっています。そこで、ワサビの栽培に理想的だった時期の伊豆の気候をスクエアルーツで再現し、地元の小学生に伝えてみたり。「伊豆ではこんな伝統的なワサビを作っていたんだよ」「じゃあなんでいまは作れなくなっているんだろう?」と、教育や文化の観点からも、私たちの事業は日本に貢献できる可能性があると思っています。ぜひこれからのスクエアルーツに、注目をしていただけたらと思います。

株式会社 Square Roots Japan 代表取締役 松本 舞氏

法律・公共政策を学び、安全保障関連省庁での勤務を経て、フードや映像のコンテンツ制作に5年以上従事。料理著書を出版し、登録者97万人のYouTubeチャンネルを運営。企画力・発信力を活かし、企業や自治体のプロモーション支援を行う。

株式会社 Square Roots Japan 代表取締役副社長 横山 洋樹氏

早稲田大学機械工学科卒、新卒で日本テレビに入社。その後ヤマトキャピタルパートナーズ(現YCP Japan)の創業に参画し、経営支援、海外進出支援や、飲食事業会社を含む数社の経営に従事。2023年に独立し、Square Roots Japanの設立を推進した。

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