2025年4月13日、いよいよ開幕したEXPO 2025 大阪・関西万博。世界各国・各地域が参加し、最先端のテクノロジーや文化が体験できる場として注目を集めています。その中核を担うシグネチャーパビリオンのひとつ「null²(ヌルヌル)」は、AIとブロックチェーンを活用したデジタル分身「Mirrored Body®」を使い、来場者が自分自身の分身と対話する没入型の展示として話題を呼んでいます。
このパビリオンにおいて株式会社アクセルは、音声認識・合成、演出制御などのAI技術を提供。低遅延のエッジAIや生成AIによるインタラクティブな演出を通じて、先進的な空間体験を実現しています。本記事では、「null²」の概要とともに、それを支えるAI技術や開発の裏側について詳しくご紹介します。

会場の中心で“息づく”鏡張りの建物「null²」
開始早々多くの人びとで賑わうEXPO 2025 大阪・関西万博。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、約160の国と地域が参加し、世界中の最先端技術や文化、芸術が一堂に会する一大イベントです。
各パビリオンは連日大盛況ですが、なかでも注目したいのが、大屋根リングで囲われた会場の中心に点在するシグネチャーパビリオン。万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」を、日本を代表する8人のプロデューサーが独自の視点から解釈・展開しています。
そのなかで一際異彩を放つのが、メディアアーティスト・落合陽一氏がプロデュースする「null²(ヌルヌル)」です。「いのちを磨く」をテーマに、未来の人間とAIのあり方を問いかける革新的なパビリオンとして注目を集めています。

フィジカルとデジタルが混ざり合う「null²(ヌルヌル)」とは?
もともと落合陽一氏は、「デジタルネイチャー(計算機自然)」という考え方を提唱してきました。現状は人間とAIが明確に線引きされていますが、科学技術(コンピューター=計算機)が発展していくことで、それらを分け隔てなく扱うことが当たり前の世界がやってくると見据えており、そのような世界をデジタルネイチャーと呼んでいます。
「null²」は、そのデジタルネイチャーを体現することができるパビリオン。「2つの鏡」をコンセプトに、フィジカルとデジタルが融合した世界観を体験することができます。

ちなみに「null」とは、プログラミング言語における「何もない」「存在しない」を意味する言葉です。「色即是空、空即是色」という仏教的な概念(何もないところからあらゆるものが生まれ、あらゆるものは何もないところへ帰っていく)と重ね合わせ、このパビリオンでは「何もない(null)」状態からはじまり、再び「何もない(null)」へと還っていくという思想を表現しています。
【未知の風景】うごめく鏡状の不思議な建物
「null²」の外装は今回のために独自開発したという特殊な鏡の膜で覆われており、自動制御によるロボットや、発せられる音の振動により、まるで生き物が呼吸をするように動いているのが特徴。



建物は風景や訪れた人の姿をさまざまに歪めて映し出し、パビリオンを外から眺めているだけでも、現実と夢の世界が混ざり合ったような不思議な感覚を味わうことができます。これを「未知の風景」と呼び、これまでに見たことがないような新鮮で驚きのある体験を提供してくれます。
【未知の体験】自分のデジタル分身との対話
パビリオン内部にあるシアターへ足を進めると、特殊なLEDと鏡に囲まれた不思議な世界が広がります。生成AIが作り出すさまざまな映像が絶え間なく流れ、鏡の反射によって360度を取り囲むことで、天井と壁、壁と床の境目が曖昧になる没入空間を作り出しています。


来場者は専用のアプリを使って事前に全身をスキャンしておくことで、作成したアバターがシアター内にある鏡面状のディスプレー「モノリス」へと投影。また、映像システムには生成AIも活用しており、映像は来場者の言葉などに応じてリアルタイムに変化。自分自身の分身と対話することで、人間とAIの違いを考えさせられるといった体験が味わえます。
ちなみに、シアターへ入るためには事前予約が必要となります。予約者以外の来場者は、外側の回廊からこのシアターの様子を鑑賞するかたちになります。
自分の情報を入れ込み、アバターにいのちを吹き込む。
未来のデジタルID「Mirrored Body®」で作成
アバターを作るために用いられるのは、専用アプリ「Mirrored Body®(以下、ミラードボディ)」です。パビリオンに設置された3Dスキャン装置やマイクを使って取得した身体・声のデータをもとに、自分そっくりのアバターが生成されます。
実はこのミラードボディは、ブロックチェーンとAIの技術を融合したデジタルアバター型ID基板というもので、自分のデータを学習させることで、姿形だけではなく、よりリアルなもうひとりの自分として機能することが可能。

例えば、覚えておきたい出来事をインプットしておけば、年齢を重ねて自分が忘れてしまっても、アバターに聞けば教えてくれます。また、健康診断の結果を入れておくことで、過去と比べてどう変化したかも一目瞭然。まさに、フィジカルとデジタルが一体化した存在となるわけです。
個人データはブロックチェーン技術により、唯一性や安全性を確保。また、デジタル資産・データ管理の安全性を高める「Mirrored Body hardware wallet」も開発しているため、利用の際も安全。将来的には健康管理や本人確認などへの活用を見込んでいます。
アクセル社がAI技術とシステム開発で協力
「null²」の制作にあたり、株式会社アクセルではパビリオン内のAI部分とシステム開発担当。具体的な内容について、株式会社アクセルの常務取締役 CTO、客野一樹に聞きました。

――アクセル社およびアイリアは「null²」にどういった技術提供をしていますか?
客野一樹(以下:客野)「ミラードボディとの対話では、エッジAIを使用した低遅延の音声認識技術として、『アイリア AI スピーチ(ailia AI Speech)』を使用しています。パビリオン内の音声で複数のAI音声合成技術を組み合わせて使用しており、そのなかのひとつとして、『アイリア AI ボイス(ailia AI Voice)』を使用しています。
演出制御では、JSONで定義したシナリオのシーケンスを再生する仕組みを開発しており、プログラムの変更を行うことなく、柔軟に演出を変更することが可能になっています。ショーコントローラーから演出のキューの情報を受け取り、LLMを通じて動的なテキストを生成、再生するとともに、WOW社のAI映像・音声生成システムで映像・音声を生成。演出の自動翻訳・通訳により、多言語にも対応しています。
AIを自然な形で溶け込ませ、LEDと鏡に囲まれた幻想的な空間で、高品質な画像や音声に没入することができます。LLMによって体験するたびに演出が変化するというのは、従来の固定的なアルゴリズムでは実装するのが難しいもの。本施策はLLMならではの仕掛けになっていますので、ぜひ、複数回、ご覧いただきたいです。」

――展示の裏側にあるメッセージを教えてください。
客野「LLMは人類史で初めて、知能を作り出す方法を発明しました。特にスケーリング則によって、データの規模が大きくなればなるほど解ける問題が増加することが証明され、ChatGPT登場以降、この2年間のAIの発展は目覚ましいものがあります。本展示では、AIが当たり前に存在する未来として、AIと人間の間の相互理解のあり方を感じていただけるのではないかと思います」
――「null²」に参画して、どんなことを感じましたか?
客野「今回のプロジェクトはかなり大規模なチームで、専門性の異なるメンバーが熱量を持ってモノづくりを行っており、業界のトップランナーの仕事の進め方を間近で見られたのは良い経験でした。特に、落合陽一先生の行動量は圧倒的です。行動に入る素早さと、1週間後に会うとまったく新しい視点を持たれているのには驚きでしたし、一緒に働けてよかったです。
いよいよAIの時代が間近に迫っているなかで、AI業界のトップランナーとして認識されるよう、私たちアクセル社も活動を加速していければと考えています」
自分の分身と出会い、AIと「いのち」について思いを馳せる──そんな不思議な体験を提供してくれる「null²」。AIをはじめとするテクノロジーの進化の波のなかで今を生きる私たちにとって、これからの社会とどう向き合っていくかを考えるきっかけになるかもしれません。ぜひ、万博会場の中心で、「未来の入り口」をのぞいてみてください。
EXPO 2025 大阪・関西万博公式Webサイト
https://www.expo2025.or.jp/
null²(ヌルヌル)
https://expo2025.digitalnatureandarts.or.jp/