予防医療×AIで導く。“健康寿命100年”へのロードマップ

残業続きで運動不足。それでも「まだ若いから大丈夫」と油断していた矢先、健診の再検査通知に肝を冷やした…、そんな経験はないでしょうか。忙しいビジネスパーソンほど、健康を疎かにしがちなもの。特に、自覚症状の乏しい生活習慣病やがんは静かに進行し、気づいたときには治療の難しさも費用も跳ね上がります。もしも、健康なうちから定期的に医師にアドバイスをもらい、病気を防ぐことができたら。そんな発想から生まれたのが、ウェルネス社が展開する、医師が日常的に伴走する予防医療サービス「パーソナルドクター」。年2回のオーダーメイド検査と365日のチャット相談を柱に、人生100年時代の健康を支える取り組みについて、同社代表の中田 航太郎さんに伺いました。

“伴走する医師”という新しい常識を作る

——「パーソナルドクター」とは、どんなサービスなのでしょうか?

中田 航太郎氏(以下:中田氏):「私たちウェルネスは、予防医療に特化した企業です。医師というと『体調を崩したときに駆け込む存在』というイメージが一般的ですが、人生100年時代と言われる今、本当に求められるのは“病気になる前から伴走する医師”だと考えています。そこで当社は、そうした新しい役割を『パーソナルドクター』と名づけ、健康なうちから継続的にサポートするサービスを展開しています。生活習慣や居住環境が多様化する現代では、万人に当てはまる画一的な     アプローチは通用しません。問診でリスク要因を洗い出してオーダーメイドの検査メニューを組み立て、得られたデータをもとに最適な食事・サプリメント・生活改善策を個別に提案し、健康寿命を戦略的に伸ばしていく。そういったサービスになっています」

中田氏:「大きく分けてふたつの要素があります。まず、データ活用により個人に最適化したオーダーメイドの検査によって、予防医療の要である早期発見と発症予防を促します。たとえば、葉巻を吸う人には口腔がん、日常的に多量の飲酒をする人には咽頭がんなど、その人の生活習慣に応じて検査内容を最適化することで、一般的な健康診断では拾いきれないリスクに対応することが可能になります。また、定期的な検査データを蓄積することで、体の変化や健康状態のトレンドを可視化し、将来的なリスクを予測したうえで、適切な対策を講じることも可能になります。

そしてもうひとつが、いつでも医師に相談できる継続的なサポート体制です。忙しいビジネスパーソンにとって、病院に行く時間を確保すること自体が負担になるケースも少なくありません。そこで私たちは、会員さま一人ひとりの健康状態を把握している医師と、365日いつでもチャットで相談ができる体制を整えました。ちょっとした体調の変化や気になる症状でも、すぐに専門的なアドバイスを受けられることで、大きな不安や手遅れのリスクを減らすことができます。必要に応じて、適切な医療機関への案内も迅速に行っています。基本的には、3ヶ月に1回の定期面談と年2回のオーダーメイド検査を基本サイクルとしながら、日常の不調や不安にも即応するハイブリッド型の予防医療として設計しています」

——会員の方々の反応はいかがでしょうか。

中田氏:「サービス開始からもうすぐ4年が経とうとしていますが、現在は経営者や芸能人を中心に約800名の方々にご利用いただいています。意外に思われるかもしれませんが、これまで大々的な広告は一切行っておらず、ほとんどが口コミによって広げていただきました。それだけこの領域に強いニーズがあり、従来にはなかった価値を提供できているという実感があります。

もちろん、予防医療という分野はエンタメ業界のように爆発的に成長するものではありません。しかし私たちが目指しているのは、一時的なブームではなく、人生を設計するうえで欠かせない“継続的な価値提供”です。パーソナルドクターは、一度始めたらやめることが想像しにくいサービスでもあります。だからこそ、導入初期のスピードよりも、丁寧にユーザーと関係を築き、本質的な信頼と結果を積み重ねていくことに重きを置いています。緩やかでも確実に利用者が増えている現在の状況は、理想的だと感じています」

医師のスキルアップをAIで効率化

——サービスの裏側でAIはどのように活用されていますか?

中田氏:「医療の分野において、例えばAIに検査結果から病気の可能性を判断させるなど、実際の医療の現場を任せるというのは、まだ時期尚早かなと思っています。技術的な面はもちろん、信頼感の部分においてもそうです。関係を築いた医師から直接伝えられるのと、AIから機械的に判断されるのでは、心に届く重みがまったく異なります。だからこそ、私たちは『医師がフロントに立つ』ことを重視しています。

その上で、AIを活用しているのは、医師教育の部分です。一般的な現場の医師は、病院での診療経験はあっても、病気を『未然に防ぐ』ための知識、つまり予防医学や検査医学に関する知見を体系的に学ぶ機会は意外と少ないのが実情です。そこにAIを用いることで、医師が効率よくスピーディに学習できる環境を整えるということにチャレンジしています。具体的には、パーソナルドクターと利用者の面談内容を録画し、AIがそのやりとりを解析。コミュニケーションの質や検査提案の妥当性をフィードバックすることで、個々の医師のスキルを定量的に底上げしています。

また、AI-OCRによる文字認識も活用しています。検査データを活用していくためにはクラウド化が重要ですが、検査を実施する病院によっては、検査結果を紙で管理している病院もまだまだ多いのが実状。手打ちではコストが掛かりすぎるので、医療に特化したAI-OCRによる効率化を図っています。検査データは歩数や睡眠といった日常のバイタルデータと併せてクラウド上のPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)に統合し、リアルタイムで健康状態を俯瞰できる環境を整えています」

——予防医療×AIの分野で新しいサービスを立ち上げるにあたり、苦労した点は?

中田氏:「AIに期待することといえば、まず最も重要なのは『疾病予測モデル』の構築ですよね。これは世界中の論文でも注目されていて、十分な健康データがあれば、AIが将来かかりうる病気やその発症時期をある程度予測できるようになると考えられています。しかし残念ながら、日本ではこの『健康データを蓄積することの価値』がまだ十分に理解されていないんです。

多くの人が健康診断の結果を見たらそのまま捨ててしまい、日々の歩数や睡眠などのライフログもバラバラのアプリに記録して終わり。自分の健康情報を一元的に管理できていないのが現状です。そこで私たちは、こうした課題を解決すべく、あらゆる医療・ヘルスケア情報を一箇所に集約できるプラットフォーム『PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)』を作っているのですが、どれだけAIが進化しても、そこにデータが集まらなければAIは学習できません。

健康医療の世界では、日常生活から得られる人の健康に関わるデータ(カルテや処方箋、ライフログなど)をリアルワールドデータといいますが、それがないとAIは使い物にならないんですね。なので、日々データを溜めていくことの重要性に、社会がどれだけ早く気付けるかというのは、苦労というか、悩みの種ではありますね。今後、AIがさらに発展してリスク予測モデルができたとき、そこに学習させるデータを溜めておくことは、自分の健康、病気の予防において絶対に有利になります」

——今後、AIを活用した機能の拡充や、サービスの展望があれば教えてください。

中田氏:「私たちが提供しているパーソナルドクターの最大の価値は、『人である医師が伴走すること』にあります。これは、AIでは代替できない領域だと考えています。顔の見える医師が自分の体のことを本気で考えてくれる、その信頼関係こそが、行動変容を促す原動力になると信じています。

とはいえ、将来的にはAIによって補完・強化できる部分も広がっていくでしょう。たとえば、自分の健康情報がすべてウェルネスのプラットフォーム上に集約されていれば、AIがリスクを分析し、必要な検査やサプリメント、生活習慣の改善提案を自動で提示するような仕組みが現実的です。

つまり、“ライトなケア”については、『パーソナルドクターAI』のようなもので、医師を介さずとも一定のサポートが可能になっていくと見ています。その一方で、深い共感や説得力が求められる場面では、これからも人間の医師の役割が不可欠であり続けるはずです。AIと人間、それぞれの強みを活かしながら、より多くの人の健康に寄り添える体制をつくっていきたいと考えています」

生の本質に向き合うAI時代を、パーソナルドクターで支えていく

——予防医療が広がりつつある背景をどう見ていますか?

中田氏:「背景はいくつかあって、まずは『疾病構造の変化』です。感染症の多くが公衆衛生の向上で克服された一方、今や主な死因は自覚症状の乏しいがんや動脈硬化などの生活習慣病へ移行しました。早期に異変を捉えるには、網羅的な検査データで客観的に自分の状態を把握するしかありません。そして、『技術の進化』も大きな要因です。血液や画像検査の低コスト化に加え、ウェアラブルデバイスで睡眠や歩数を常時記録できるようになり、日常的にデータを蓄積・活用する基盤が整いました。

そして、『価値観の変化』によって、健康であることの価値が見直されてきたと思っています。かつては車や時計など、良い物を所有することがステイタスでしたが、今はシェアリングエコノミーの時代で、体験に重きが置かれる時代です。いろいろな体験や経験をするために健康でいたいと考える人が増えたのではないでしょうか。海外ではそうした考えがスタンダードになっていますが、日本でもミレニアル世代の経営者を中心に、高級車や不動産よりまず健康へ投資する動きが広がっており、カルチャーは確実に変わりはじめています」

——AIの発展にどのようなことを期待していますか?

中田氏:AIに的確な答えを出してもらうためには、ユーザー側が十分な情報を正確に伝える必要がありますよね。しかし実際には、『お腹が痛いです』とだけ伝えても、AIには状況の全体像が把握できません。

たとえば医師であれば、『痛みはいつからか』『どの部位が痛むか』『痛みの質や強さはどう変化したか』『併発している症状はあるか』といった情報を自然に引き出しながら診断に必要な材料を集めていきます。この“ヒアリング力”をAIが持たないままだと、間違った判断や誤診につながるリスクがあります。

だからこそ、今後はプロンプト設計の部分、つまりAIが必要な情報を自然と引き出せるような問いかけの仕組みを、AI自身が学習しながら進化させていく必要があります。ユーザーのリテラシーに依存しすぎないAIができて初めて、安心して医療相談ができるレベルに到達すると感じています。

医療という極めて繊細な領域にAIを導入するには、こうした『質問の質』の標準化や自動補完機能が不可欠であり、それが整ってこそ、初めて正しい診断や予防のアドバイスがスムーズに提供できると考えています」

——中田さんご自身は、昨今のAIの進化をどう捉えていらっしゃいますか?

中田氏:「本当に、AIはものすごく便利になったと実感していて、特にひとつの行動からすごくたくさんの結果を得られる点は、とても重要だと思っています。例えば、最近地上波でラジオ番組を始めたのですが、その音声データを元に、文字起こし、記事化、SNSでの告知までAIで簡単にできるわけですよね。そして、反応の良かったポストを英訳して海外のマーケットにもアプローチできると。本当にひとりで時価総額1000億円の会社を作れる時代が来たんだなと思っています。

一方で、こうしたツールを使いこなせなければ簡単に取り残されてしまうという現実もあります。だからこそ、AIリテラシーや活用の教育がとても重要です。そして同時に思うのは、これだけ効率化が進んだ社会において、私たち人間は『そもそも何のために生きるのか』『死ぬときに何を後悔しない状態でいたいか』といった、本質的なテーマに向き合う必要があるということです。

今後、単純な労働や作業はほとんどAIで代替されていくと思います。だからこそ、健康や人間関係、人生の意味といった“人間にしかできないこと”にこそ、関心や価値が集中していくのではないでしょうか。私自身、今はAIで余った時間を、いかに『人生の思い出づくり』に使えるかを意識するようになっています。テクノロジーを使いこなすことは大前提。そのうえで『どう生きるか』が、これからの時代を左右する鍵になると感じています」

——パーソナルドクターが活躍する場も、ますます広がっていきそうですね。

中田氏:「私たちが社名に『ウェルネス』と掲げているのは、単なる言葉の響きではなく、私たちの思想そのものを表しています。従来の医療が目指してきた『ヘルス』、つまり病気がない状態をゴールとする考え方に対し、ウェルネスは“人生を豊かに生きること”そのものを目的としています。

もちろん、体に病気がないことは大前提です。でも本当に大切なのは、その健康な体を使って何を体験し、どんな人とつながり、どれだけ充実した時間を過ごせるかということ。だから私たちは、健康そのものの支援にとどまらず、例えば会員同士が集まって美味しいものを食べたり、語り合ったり、そうした“アナログな体験”も大事にしています。

テクノロジーがどれだけ発展しても、最後に人生を豊かにするのは人と人とのつながりや、自分自身の体験です。AIやデジタルの力を使いながらも、人間にしかできない“価値ある時間”を最大化すること。それが私たちウェルネスの目指しているところです」

株式会社ウェルネス代表取締役 CEO 医師 中田 航太郎氏

1991年、千葉県生まれ。幼少期をピッツバーグで過ごし、4歳から医師を目指す。東京医科歯科大学医学部卒業後、初期研修を経て救急総合診療科医。予防医学の普及と医療アクセシビリティ向上を目指し、2018年6月に株式会社ウェルネスを創業。

https://x.com/kotaro_nakada
https://www.wellness.jp/

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