AIで切りひらく、半歩先の未来について。SHARP 徳山 満氏 × Axell 客野一樹

2024年9月17日-18日に開催された、シャープの技術展示イベント「SHARP Tech-Day」。前編ではイベントの様子とビジネスセッションの対談内容をお届けしました。本記事では、対談直後のシャープ株式会社 スマートビジネスソリューション 事業本部 副本部⻑ 徳山 満、株式会社アクセル 常務取締役 CTO客野一樹の両名を直撃。対談では語られなかった裏話と、両社の取り組みを深掘りします。

道標があると、スピード感をもって突き進んでいける

——両社が共業することになった経緯を教えてください。

徳山:初めてお会いしたのは2022年の11月くらいです。前任者からの引き継ぎで、どうしても会わせたい人がいるということで客野さんを紹介されました。背景としては、AIが世の中のキーワードとしてすごく盛り上がっているなかで、シャープとしても何かやらないといけない、と実は結構焦っていた時期だったということがあります。このAIを使えばこういうプロダクトが作れるというイメージはできても、世の中にAIモデルがいっぱいありすぎて、これをどう使いこなしていけばいいのかが分からなくて途方に暮れていたんです。

さらに言えば、個別のAIモデルを使いこなしたところで広がっていかないので、AIという大きな括りで、プラットフォーム的に画像認識や動画認識、自然言語解析などが揃っているものがないかな、ないなら自分たちで作りたいな、と思っていた矢先、客野さんに「ailia AI Box※」をご紹介いただいて、すぐ買いますっていうことになったんです。

そこから実際にプロダクトの開発をはじめてみると、自分たちだけでは右に行ったらいいのか左に行ったらいいのかが分からなくて、宇宙の真ん中に放り出されたような状態に陥ってしまうことがよくありました。これはかなり効率が悪いなと感じて、客野さんにアドバイザーという形でコンサルをお願いして、道標になってもらうことになったんです。

※Linux、Jetpack4.4、Python3、ailia SDKがプリインストールされており、ailia MODELSに公開されている200種類以上のモデルをすぐに試すことができるAIハードウェア。

——アドバイスはどんな風に役立っていますか?

徳山:我々の課題に対して向かうべき方向性が分かるので、開発メンバーのモチベーションも保てています。すごいなと思うのは、質問したことにわかりませんって言われたことがないんですよ。何かしら必ずこういう方法がありますよ、という風に出てくるんですよね。

それで、メンバーの若い子がどこからそんな情報を得ているんですか?と客野さんに聞いたんです。そうしたら、Twitter(現X)だって言われて愕然としたっていうのは、うちのなかでもちょっとした笑い話で。ネットやニュースなど結構隈なくウォッチしていたつもりだったんですけど、客野さんが情報収集しているソースとかスピード感っていうのがそもそも違うんだっていうのを知りました。いつも僕らの想像以上の情報をいただけるので、すごく助かっています。

——逆に客野さんから見て、シャープさんと一緒にプロジェクトを進めていくなかで感じることはありますか?

客野:実行力がすごくあるな、というのがいちばんの印象ですね。組織的には10人くらいのチームなんですが、徳山さんがしっかりリーダーシップを発揮されていて、方向性が決まるとものすごい馬力とスピードで物事が進んで行くんです。で、最初の頃に比べると、AIの深いところまでチームから質問が飛んでくるようになっていて、最近は大学の講義みたいになるときもあったり(笑)。エンジニアさんたちもすごくいい方ばかりで、益々馬力が高まっている感じがします。

日々進化するAIを使いこなし、社会貢献に繋げていきたい

——徳山さんから見て、昨今の人口知能ブーム全体を俯瞰して見たときに、どんなことを感じていますか?

徳山:これだけ世の中にAIっていうものが一般的になってきたっていうこともあって、これはブーム

で終わらず、汎用化して当たり前のものになっていくだろうなという風に思っています。なので、会社の中で、特にB2Bの事業の商品に対しては、「AI Everywhere」という言葉を社内に周知して、なるべくAIの技術を搭載した商品にしていこうということを意識付けするようにしています。

そのときに重視しているのは、ChatGPTなり、あるいはほかのいろいろなAIにも取り組みながら、プロダクトの付加価値をより高めていくこと。そして、お客様に対して、あるいはこの世の中の社会課題に対して、少しでも貢献できるものを作り上げていくことです。それをどこまで実現できるかというのが大きな課題で、アイデアはいろいろとあるので、とにかく少しでも実行に移してしていきたいという風に思っています。

——客野さんは開発者として、そのサポートをしていくことになりますが、イベントの対談では、かなり近い未来にAIの進化によってできることが増えていくというお話もありました。今後、技術的に期待されていることや、楽しみなことなどありますか。

客野:AIって、新しいテクノロジーが雪崩のように出てくる時期と、それがない時期というのが交互にくるなと思っていまして、体感では半年とかかなり短いスパンで繰り返されているんですよね。イベントでは「GPT o1」のお話を少ししましたが、そういった大きな波がそろそろ迫ってきているんじゃないかなという風に思っています。

具体的には、ユーザーが目的を入力するだけで達成に必用なタスクを洗い出して自動で実行してくれるAIエージェントや、テキスト、音声、センサー情報などさまざまな入力にマルチモーダルの技術もかなり揃ってきているので、あとはAI各社がいつ出すかっていう状態。なので、この先1年はかなり楽しみですね。

——先ほど情報収集にSNSを活用されているという話がありましたが、他にはなにかありますか?

客野:そうですね、いまはAIのニュースメディアでも細かく追えているところが減ってきている気がしていて。どちらかというと個人のすごい情報収集能力がある人が、毎日論文を読んでいて、いいものがあるとXでツイートする、みたいなことが多いので、やっぱりSNSが主体ですね。10人ぐらいでも詳しい人をフォローしておくと、圧倒的に質の高い情報が入ってきますよ。AIが先鋭化、専門家しすぎてしまっていて、一般メディアが抑えにくくなっているのかなと感じます。

AIが当たり前の時代に向け、インターフェイスにも変革が必用

——シャープでは、「CE-LLM」をはじめ、カスタマー向けのプロダクトにAIを搭載した商品やサービスがすでに幅広く登場していますが、これらが人々の生活にどんなインパクトを与えていくでしょうか。

徳山:「CE-LLM」はエッジデバイスでの活用を進めていて、あらゆるものにAIが搭載されていくと、インターフェイスも変わっていくだろうというのはイベントの対談でお話しましたが、やはりその最適な形を見つけて世の中に役立てていく、というのが大きいかなと思っています。

今までであれば、ボタンが10個あったら、どれを押すかはユーザーが考えなくてはならないことでしたが、今後はボタンの数が減って、誰でも迷わず、自然に目的を達成できるというのが、今後「CE-LLM」を通じてシャープが提供していきたいことです。

——AIによって家電の概念が変わるというのは以前から言われていることですが、現場として実感する部分はありますか?

徳山:私はB2B担当なので、あくまでも個人的な意見ですが、家電は「多機能で高価なもの」と「基本性能を満たした簡素で安価なもの」の二つに大きく分かれますが、前者には複雑すぎて分からない、機能が使いこなせないという印象を持つ方も多いと思います。こここそがシャープが狙っていくべきポイントで、「多機能であるものをいかにシンプルに使いこなせる設計にするか」というところにAIの活用の道があるわけですよね。先ほどのインターフェイスも含めて、実現していくと恐らく、今とはまったく違う形になるでしょうね。

——客野さんとしては、これからの人々の生活にどんなインパクトを与えたいですか?

客野:目指すところしては、AIがペット的になるというか、AIと一緒に暮らすのが当たり前の世の中にしていくことかなと考えています。お掃除ロボットの感覚に近いと思うんですが、何も言わなくても部屋を綺麗に保ってくれるように、気が付いたらAIが必用なことをやってくれたら嬉しいじゃないですか。そうやってAIを生活の中に溶け込ませていくっていうことが出来たらいいですね。

いまは、ひと昔前までプログラムで動いていたものがAIに置き換わっていっている最中です。ノイズキャンセリングや文字変換、音声認識、XのリコメンドアルゴリズムもいまやAIです。必用な技術は揃いつつあるので、やっぱり次はインターフェイスから変わるっていうことが必要なのかなと思っています。次世代のスマホは、スマホの形ではなくて、全く新しいハードウェアになるほうが未来感あるじゃないですか。そういう驚きを作っていけたら面白いですよね。

作り手視点から顧客視点への転換

——シャープが目指しているB2B事業におけるAIの実装について、どんなことをやっていくのか教えてください。

徳山:はい。少し抽象的な言い方になってしまいますが、AIでできる領域というのは、大きく2つあると思っています。ひとつはDX。業務効率だとか、あるいは人口減少からくる働き手不足に対しての効率化などです。もうひとつは、CXです。顧客視点に立ったときに、いかにAIで課題を解決していくかというのも、これから考えていかなければいけないと思っています。例えば、顧客対応を行うコンタクトセンターの新しいソリューションや、家電量販店の説明員のアバターなど、取り組める領域はたくさんあると思います。DXだけでなくCXの観点にもしっかり目を向けながらAIを実装していくということをしていきたいと思っています。

どちらかというと我々はハードウェアを作ってきた会社で、作り手が良いと思うものを提供してきました。しかしこれからは、顧客視点から考えたソリューションを提供していくという形に変えていきたいと思っています。これはシャープにとっても大きな転換点ですが、AIを武器にして、いろいろな社会課題に取り組んで行きたいと思っています。

——これから超高齢化社会に突入していく中で、新しいものはなかなか高齢者の方が扱いにくいという側面もあると思いますが、その点はいかがでしょうか。

徳山:多機能をシンプルに使いこなせる新しいインターフェイスが実現できれば、むしろ、そういった方にこそ便利に、より簡単に使っていただけるのではないかと思います。私たちが目指しているのは、AIを使おうとか、機能を使いこなそうということを特別意識しなくても、あらゆる機能の恩恵を受けられるインターフェイスを提供することです。もちろん高齢者の方にも分かりやすい形でAIの実装を進めていきたいと思っています。

それともう一つ、超高齢化社会とAIの観点では、介護など高齢者を見守るためのソリューションにもAIを実装していくべきだろうということも考えています。例えば、動画認識を使って活動状況を把握したり、部屋の状況を検出したりといったことですね。これはプライバシーにも関わる部分なので慎重に進めなければなりませんが、個人を特定しない形で実現していくことはできると思うので、今後取り組んで行きたい領域です。

——AIのように新しいものが出てくると、法律やモラルなどに関するポリシーも改めて考えていかなければいけないですね。

徳山:そうですね。AI搭載の商品に対するポリシーは社内でもかなり議論をしていて、8割程度はスタンスが固まってきています。難しいのは、B2BとB2Cでも変わるところがあるのですが、個人の特定、あるいは個人情報っていう観点でのプライバシーをどう守っていくかという部分です。ここはまだ議論の途中で、プライバシーをガチガチに意識しすぎると利便性を損なうという側面があるので、いかに両立していくかが課題かなと思っています。個人を特定する情報をいかに抽象化しながら、個人のプロファイルをAIが理解できる形にもっていけるか、この両輪をしっかりやっていきたいと思っています。

——世の中的に前例も少ない分野ですから、難しい課題ですね。客野さんはこのプライバシーの課題について、アイデアはありますか?

客野:我々が強みとしているHAI※の部分でかなりできることはあると思います。いま、かなりいろいろなことが小さなデバイスで実現できるようになってきているなかで、ユーザー、あるいは介護施設でいえば入居者に存在を感じさせないAI搭載のセンサーみたいなものも実現していくことが出来るはずです。床の汚れを検知するシンプルなセンサーとか、転倒を検知するような安全カメラみたいなものを、クラウド含めてソリューションとして考えていたりもするので、何かしらご一緒できるところがあればいいなと思いますね。

※Human-Agent Interaction。人間とエージェントの間における相互作用のこと。AIと関わるときのやり取りや体験を最適化する研究領域。

来るAI時代に即した製品を模索していく

——徳山さんから、アクセル社に対して期待されている部分などあればお聞かせいただけますか。

徳山:そうですね。先ほどからお話に出ている画像系、映像系の部分は、これからトライしていきたい部分です。特に接客アバターや介護系の部分というのは力を入れていきたいですし、他にもシャープではリテール関連のお客様も多くて、ガソリンスタンドなど不特定多数の方が使われる業種もたくさんあります。その中で、いかに事故を起こさず安全に運用できるかというところも含めて、プライバシーに配慮したソリューション作り。これを助言いただきながら、一緒に取り組めたらいいなと思っています。

——最後に、お一人ずつ今後の展望も含めてお言葉をいただけますか。

徳山:どこまでいってもAIは手段だと思っています。いま、人間を超える知能を持つ、あるいは人間を超える動きができるAIというのが実現されようとしていますが、これをどこまで商品に反映していくか、そのさじ加減というのは、実はとても難しいと考えています。AIは万能だから、全部搭載してしまえ、というわけにはいかないわけです。そこには悪影響が少なからずあって、プライバシーの部分や、AIが自立的に動きすぎて人間が何もやらなくなる、考えなくなるみたいなところも、今の段階から先回りして考えないといけない課題かなと。繰り返しになりますがAIは手段ですから、しっかり作り手である我々がコントロールしながら製品作りをしていきたいと思います。

客野:徳山さんのおっしゃる通り、今のAIは歴史上初めて機械の知性が人間を上回る可能性が出てきたタイミングなのかなと思います。去年はそこまでではなかったけど、今年は知能テストでかなり良い点を取っているわけで、すでにクロスしはじめていると言っても過言ではありません。AIが好きないち個人としては、ここからさらに伸びていくことをすごく楽しみにしていますが、一方で、これをどうビジネスに落とし込んでいくかを考えるときには、どんどん難しくなっていくなと思うところもあるんです。

つまり、全く新しいものなので、どう使うのがいいか、まだ世の中が分かっていない状態です。いま身の回りにAIがすごく増えているのは、単に既存の機能をAIに置き換えているにすぎなくて、「この機能をAIにやらせたら付加価値が上がるよね」というのが、現段階のAI実装。これからは、その先のステップを考えていかなければいけなくて、本当にAIにしかできないことというのを、どういうデザインで、どういうインターフェイスで実現していくかというのが重要になってくると思います。

先述したように、それはやっぱり今のスマホの形ではないと思うし、っていう気がしていて、いち早く理想的な形を見つけて、そこにフォーカスしていくというのが自分の課題。つまり、シンプルに言ってしまえば追いかけ続けるしかない、という結論です。本当は発明できればかっこいいんですけど、なかなか大変な気がするので、世の中の動向も見ながら、これからも追求していきたいと思います。

SHARP Tech-Day’24 Innovation Showcase」当日の様子はこちら

【プロフィール】

シャープ株式会社 スマートビジネスソリューション 事業本部 副本部⻑ 徳山 満
MFP(コピー、スキャナなどの機能を持つ複合機)のエンジニアとして活躍した後、現在はB2Bのソリューション開発の責任者。

株式会社アクセル 常務取締役 CTO 客野一樹
筑波大学大学院において各種初等関数のハードウェア実装の研究で博士号を取得。独自のAIフレームワークであるailia SDKを企画、開発。現在は先端技術分野を中心にR&Dおよび事業化を行っている。

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