エクスペリエンスデザイナーに聞く、企業が求めるAIのリアル

#DX

ビジネスにおけるAIの活用が広がる昨今、直近のトレンドである生成AIの国内企業導入率は、約24%(野村総研「IT実態調査2023」)まで浸透。さまざまな企業が新たなサービスや業務の効率化にAIを活かしています。 出遅れないようにと導入を急ぐ企業が増える一方、その裏側では、導入に苦労したり、上手く活用出来ていないといったケースも。これからAIによって新しい価値やサービスを生み出していきたいと考える企業は、どう向き合っていけばいいのでしょうか。 今回は、全社AI戦略・推進の専門家として活躍する、エクスペリエンスデザイナーの川村将太さんとともに、日本企業とAIのリアルを深掘り。企業のAI導入の傾向から成功・失敗の要因などについてお話をうかがいました。

もっと知りたい。AIに感じたポテンシャル

「ビジネスやユーザー体験にAIを融合することで、AIを単なる技術に留めず、価値のある体験に転換していくことが、エクスペリエンスデザイナーとしての僕の役割です」

そう語る川村さんの活動は多岐に渡り、AIを取り入れたいという企業や組織のデザインをはじめ、業務プロセスの構築・改善、はたまたプロダクトやサービスを自ら作り上げることもあるといいます。直近では、小学生を対象とした生成AIのワークショップを行ったばかりだとか。そうした幅広いフィールドで活躍する川村さんですが、意外にも、生成AIに出合ったのはここ数年のことでした。

「AIに興味を持つきっかけとなったのは、「Stable Diffusion」でした。僕はデザイナーとはいっても、グラフィックデザインの領域のみならず、元もと何かを生み出すというデザインに対して憧れやコンプレックスを抱いていだんですね。でも、そのとき出会ったStable Diffusionは、文字を入力するだけで絵を生成することができた。これによって僕が取り組みたいデザインにおいて、将来的に大きな力になるかもしれないと感銘を受けたんです」

AIが孕む可能性に大きな衝撃を受けたという川村さん。その可能性を深掘りする延長で取り組んだのが、「チャットGPT にユーザーインタビューを行う」でした。

「当時、ユーザーインタビューや顧客リサーチを生業にしていたので、AIを知るためにはAIに直接聞くのがいいと思ったんです(笑)。いろいろと試行錯誤してみると、チャットGPTはシンプルなタスクをこなすだけでなく、コンセプトワークやユーザーインタビューの分析など、幅広い部分に使えるというのが分かってきて。与えられたものをただコピーするのではなく、新しいものを生み出せそうっていうところにすごくポテンシャルを感じ、そこでまたAIにのめり込んでいきました」

企業がAIを導入する、3つのパターン

これまで時間と手間が掛かっていたような作業も、AIならプロンプトを書くだけですぐに結果を得ることができる。このスピード感は従来の技術にはない、AIならではの特性です。いまでは世の中の企業がこぞってAIを取り入れようと動いていますが、川村さんはこの状況をどのように見ているのでしょうか。

「生成AIを活かしたいと考えている企業の傾向は、3つに大別できます。まず、自社のプロダクトやサービスにAIを組み込むパターン。フリマアプリを手掛ける国内の大手企業が好例で、最近では出品名や価格設定を生成AIがサポートしてくれる機能をリリースしています。ユーザーは商品が売れないと離脱してしまいますから、いかに売れやすくするかという部分をAIがアシストしてくれる仕組みですね。このようなAIの活用はユーザー体験を向上させ、サービス全体の活性化に貢献します」

続いて、従業員のリスキリングと、全社員が使えるツールの開発から入るパターンです。川村さんがExecutive AI Directorとして全社生成AI/DX戦略・戦術の推進を担うトヨタコネクティッド株式会社では、いままさにその真っ最中だとか。

「トヨタコネクティッドは、主にモビリティ体験を提供しています。そのため、いきなり生成AIを使った提供価値づくり本格化させる前に、まずは現場のリテラシーを高め、従業員が実際に生成AIに触れて理解を深めることが重要だと考えています。これに向けて具体的には、必要な教育、研修を実施しながら、社内で生成AIを活用できる環境整備を進め、“AIレディ”な状態を作り出そうとしています。」

そして3つ目は、業務プロセスをAIで自動化していくパターンです。

「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)とAIを組み合わせたハイパーオートメーションの仕組みやシステムを社内に作るという方向性もよく見られます。業務プロセスを効率化し、従業員の負担を軽減することが期待できます」

このように、AIの導入といっても、目的や手法はさまざま。戦略や目指すゴールは企業によって変わってくるのです。

トップ層のAIへの理解と、柔軟な組織作りが不可欠

川村さんがAI統括部 Executive AI Directorとして参画するトヨタコネクティッド株式会社。「限りなくカスタマーインへの挑戦」を企業理念に、創業以来「最先端のIT×ものづくりのDNA」でサービスの開発・提供を追求する。

それでは、企業がAIの導入を成功させるための秘訣は、どんなところにあるのでしょうか。川村さんは、トップマネジメントの支援とフレキシブルな組織体制が不可欠だと語ります。

「トヨタコネクティッドでの僕の使命は、まずは従業員がAIを使って業務できるようにする。その後は業務プロセスの自動化を支援し、DXを加速させることです。そのために最初にやったことは、名古屋の本社に行って、なぜ生成AIを導入しないといけないのか、そのための適切な体制はどうあるべきなのかを、組織の上層部と徹底的に話し合いました」

企業がAIを推進するには、それなりの資金と期間が必要なものです。AIの導入は必ずしもすぐに効果が現れるものではないため、トップマネジメントの理解と支援がなければ、AI導入に必要なリソースが確保できず、プロジェクト自体が進まなくなってしまうといったケースも。

「トヨタコネクティッドの場合、組織作りも独特です。今回のプロジェクトのために立ち上げたAI統括部には現在30名ほどの社員がいますが、実は正社員比率が他部署に比べると非常に低いんですね。というのも、このタイミングでガバナンスを効かせて推進するために正社員として新しい人を迎えたり、他の部署から連れてきて教育するのでは、圧倒的に時間が足りません。契約社員もしくは業務委託で、機動力があって専門性が高い組織を作り、プロジェクトを推進していくのが効果的です」

同社のAI統括部には、AI関連に詳しい人材はもちろん、個人で生成AI関連の会社を経営するスタッフなども在籍。他の企業におけるAI導入の経験値も業務を通じて集まるため、ゼロからはじめるよりも、圧倒的に多くの知見が得られるのだといいます。

AI導入の失敗例と、成功への道筋

逆に失敗してしまうケースでは、どのような要因が考えられるのでしょうか。意外にも、生成AIとは直接関係ない部分に落とし穴があるのだそうです。

「これまで多くの企業を支援するなかで、さまざまなケースを見聞きしてきました。そこで共通しているのは、成功水準の設計が不明確であることや、AIの特性を十分に理解せずに導入を進めてしまっていることです」

何を持ってプロジェクトを成功とするのか。本来、とても重要なことですが、生成AIの話になると、なぜか忘れがちになってしまうのだといいます。

「生成AIを知らないと、生成AIは完ぺきなものなんだと思って目標を高く見積もってしまいがちですが、生成AIはその性質上、100%の精度を目指すというのは難しく、なかなかゴールには辿り付けません。扱う生成AIをよく理解した上で目標を立てることが、とても大切です」

「みんなやっているからうちの会社もやらないとまずい」という感覚だけでAI導入をはじめてしまうと、実現したいことに対して必要な要件もわからず、課題ばかりが山積みとなって疲弊してしまうこともしばしば。

「お付き合いのあるベンダーからAIの導入を決めたけど、ベンダーもAIが専門でなく、両社ともよく分かっていないままプロジェクトが進んでいく、というのがいちばんよくないケースですね。大体が上手くいかないか、非常に低い費用対効果しか得られないというのをよく見掛けます」

であれば、はじめてAIを導入しようという企業はどう振る舞えばいいのでしょうか。導入前の準備段階として、やるべきことは大きく2つ。「社内での仲間作り」と「社外の人と知見を共有すること」です。

「仲間作りは、日本風の言い方では根回しですね。まずは支援してくれるパトロンを見つけましょう。AIの価値やビジネスインパクトについて役員に理解してもらい、仲間に引き入れるのです。セキュリティーやコンプライアンス周りにも事前のすり合わせが必要です。既存の社内ルールはAIに対応していないことがほとんどで、AIを最大限に活かすにはルールの変更が必要になるからです」

社外の人との交流にも積極的になるべきだと、川村さんは力説します。

「他社にもAI導入で困っている人は大勢いて、しかも、やりたいことや抱えている課題が似ているということがよくあります。そういった人同士、お互いのオフィスに足を運ぶ交流会を企画したり、AI関連のイベントにもたくさん出てコネクションを作ることを意識するべきですね。ゼロからスタートするのって、もったいないんです。まわりから知識を得て、得られた学びをまた還元する。そうした循環が生まれれば、少なくともどこから手を付けていいか分からないという状況からは脱却できるし、先人と同じ轍を踏むこともなくなるはずですから」

社内マーキングなくしてAI使用率は上がらない

成功と失敗の要因から、生成AIによるDX推進のコツをうかがってきましたが、まだまだ安心はできません。導入後にも厳しい試練が待ち受けているといいます。というのも、せっかく導入したAIがぜんぜん使われないというケースが多いというのです。

「せっかく生成AIのツールや社内用ChatGPTを取り入れたのに、使用率が1〜2割に留まっている企業は意外と多いです。特にJTCといわれる日本の伝統的な体質の企業では、一度も使ったことがないという人、そもそも導入していたのを知らない人がたくさん存在します。そこに対しての社内マーケティングは、使用率を上げるための欠かせない鍵となります」

AIのような社内ツールを開発する場合、特定の部署だけが使うものと思われがちですが、生成AIは汎用的に活用していくことができるツールです。なぜ生成AIを使った方がいいのか、そのメリットをしっかり訴求していくことを、サービス側の設計やサポート体制の構築と併せて行っていくことが必要です。

また、リスキリングの画一化にも課題点が隠れています。一般的に生成AIの教育コンテンツは外部委託されることが多いですが、ただAIで出来ることだけを説明されても、いざ自分の業務に落とし込もうとしたときに、やり方が分からない、と足踏みしてしまう人が多といいます。

「新しいことが好きで、常にチャレンジする勇気がある人は放っておいても使い出すのですが、日本的な企業であればあるほど、ここが難しいと感じます。我々の場合は教育コンテンツの制作からすべて行っているので、レベルに合わせた教材を用意したり、個別にAI相談の時間を設けたりなどして、積極的にフォローするようにしています」

そうした中で川村さんが訴えているのは、「業務の課題理解とAIへの理解、どちらが欠けてもダメ」だということです。

「生成AIは一個一個の業務に対していいプロンプトを書いていこうとすると、実はすごく労力がかかります。でも、自分の業務課題を深く理解し、汎用化することができれば、AIとのマッチングはもっと上手くいくはず。逆に言えば、そこまで出来ないとなかなか自走しはじめないものでもあるんです」

AIは、企業の未来を築くための強力なツールです。ただし、成功にはAIの技術を理解するだけでなく、自社の課題をよく知り、柔軟に取り組む姿勢が欠かせません。これからの時代、AIをうまく活用できるかどうかが、企業の成長を左右する鍵。川村さんの言葉は、貴重な道標となりそうです。

川村将太(“しょーてぃー”)さん

経済学部を卒業後、新卒で事業会社に入社。UXデザイナーとして、戦略やマーケティングに重点を置いた体験設計を担当。現在はトヨタコネクティッド株式会社にてAI統括部 Executive AI Directorとして全社AI戦略の策定と推進を手掛ける。並行して、フリーランスのExperience Designerとして、国内外でのAI関連の講演やアドバイザリー業務も行い、その知見を広く共有。企画・デザインプロセスにおける生成AIの活用や、AIとユーザーの総合的な体験設計にも取り組んでいる。
https://x.com/shoty_k2
トヨタコネクティッド AI統括部note
https://note.com/tc_ai

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