私たちが日々目にするインターネット広告。昨今では、すでに生成AIを駆使して作られたクリエイティブも急増しており、ビジュアル制作のみならず、クリエイティブの企画そのものやターゲティングにもAIのチカラが活用されはじめています。そうしたAI×クリエイティブのシーンをリードするのが、サイバーエージェントのグループ会社で、広告クリエイティブの企画・制作を行う株式会社Cyber AI Productions(略称:CAI)。サイバーエージェントが設立した広告効果の最大化に特化したクリエイティブ制作スタジオ「極(きわみ)AIお台場スタジオ」において、CAIは広告動画の制作、システム開発、オペレーションの構築を行い、より効果的な広告クリエイティブ制作を目指しています。スタジオの真価を探った前編に続き、後編ではスタジオからどのような広告戦略を打ち出していくのかについて、CAIの代表取締役社長・二宮功太さんと、プロデューサーの赤井健二郎さんにうかがいます。
サイバーエージェントが目指す「極AIお台場スタジオ」の役割とは
——あらためて「極AIお台場スタジオ」とは、どのような施設なのでしょうか?
二宮功太氏(以降:二宮氏):「広告効果を出せるクリエイティブを大量に作るための施設」という一点に尽きると思います。例えば、テレビCMやサイネージ広告で動画を流す場合、不特定多数に向けて発信するために、至高の一本を作り込みます。対するインターネット広告では、ターゲティングといって、年齢や性別、職業、所在地、購買履歴、検索ワードなど、とても細かな属性から特定の層に広告を届けることができるわけです。つまり「それぞれのターゲットに合わせた最適なクリエイティブが必要」という、至極当たり前の考えが出発点になっています。さらに、広告の効果を検証しながら内容を改善していく運用のフェーズでは、ひとつの広告からいろいろなパターンのクリエイティブを生み出していくことで、広告の効果を高め、より多くの人に訴求することができます。
今後さらなる広告効果の向上を目指すためにも、テクノロジーを駆使して従来のつくり方から変えていく必要がある、ということで立ち上げたのが「極AIお台場スタジオ」なんです。
——ひと昔前はすばらしい動画を1本作ることが求められていたところ、現在はその評価軸も変わりつつあると聞きました。その要因は何でしょうか?
二宮氏:“正確なデータが取れるようになった”というのがいちばんの要因じゃないでしょうか。また、ECサイトなどインターネット上で完結するビジネスが増えてきたことも挙げられますね。どの年齢層が広告をクリックして、その内どれくらいの割合が製品を購入したか、というようなことが数字で出るのがいまの広告です。そうなると、クライアントが気にするのは「このクリエイティブで本当に広告効果があるんだっけ?」というところですよね。
——感性に頼っていたところから数字の世界になっていくと、広告の世界も大きく変わりそうですね。
二宮氏:両方とも残ってはいくと思いますよ。感性で作るのも僕は好きで、やっぱりテレビとかはその方が向いていますからね。つまりは使い分けだと思います。でも、「どういう目的のクリエイティブで、なぜこのメディアで広告をやっているんだっけ?」というロジックの部分は、これまで以上に明確になっていくはず。分かりやすくいえば、目的が「認知」なのか「購買」なのかで、広告の戦略はずいぶん違ってくるということですね。
「極予測AI」によって大きく加速した制作の意思決定
※「極予測AI」:サイバーエージェントが開発した、「効果予測AI」を用いて広告効果の高いクリエイティブを予測しながら制作するクリエイティブ制作支援システム
——赤井さんに伺います。現場でAIと向き合ってこられて約1年。クリエイティブの制作側として、現段階で感じていることはありますか?
赤井 健二郎氏(以降:赤井氏):極予測AIを取り入れたことで、クリエイティブ制作もかなり変わってきたなと感じています。広告制作の現場では、これまでトップダウンで仕事をすることがほとんどでした。例えば、自分が背景はこっちの方がいいんじゃない? と思っていても、クリエイティブディレクターの判断が最終的に優先されるわけです。しかし、AIと協業しながら仕事をしている現在は、AIに予測させてどっちがいいかを定量的に判断させることができます。なので、制作者として提案しやすくなったというのは、作り手として大きく変わった部分ですね。
あとは、クライアントとのやり取りがスムーズになってきたということ。僕が手掛けている案件では、クライアントからの「ああしたい、こうしたい」という要望がほぼなくなってきているんです。これもAIの結果をもって具体的な評価をもとに説明ができるからで、そういう意味ではクライアント側のAIに対する理解や信頼も進んで来ているということなのかなと。
——映像表現にAIを取り入れたことで感じた、おもしろさや発見はありましたか?
赤井氏:それは常にありますね。実をいうと僕は絵が描けない人間なんです(笑)。CGを制作したり写真を撮影することもできませんが、AIを通じてまずはイメージを“絵で伝える”ということができるようになったのは、すごくうれしい体験です。ただ、未経験でいきなり扱えたり、想像を超える絵の表現ができるかというと、それはちがいます。「こうしたい」という発想やアイデアなど、あくまでも人間が考えたベースが重要だと考えています。
——クリエイティブのバリエーションを大量に作れるという観点で、時間的なメリットも?
赤井氏:例えばここ最近の案件では、1日で32シチュエーションの撮影をこなしました。過去の経験ではロケ撮影1日で5シチュエーションくらいが限界なので、かなり効率が上がっていますね。しかも、32シチュエーションの背景画像を選ぶまでに、生成AIの画像約1,000枚を極予測AIの効果予測AIを活用して効果の予測を事前に行っていますし、そもそも企画出しの段階から極予測AIが活躍しています。こういったことは、すでに制作フローのなかで当たり前のことになっています。
——具体的にはどういったフローで制作を進めているのでしょうか?
赤井氏:代表的なものだと、YouTube広告が分かりやすいと思います。今のYouTubeではターゲットをかなり細かく切り分けることができて、アニメ好きの人にはアニメっぽい表現を、アクション好きな人にはアクション表現の動画を当てた方が適切だよねということを考えながら動画を作り分けていきます。そこに対し、極予測AIではクライアントの過去の広告動画などを基準として、それを上回る効果が得られる企画かどうかをまず判断します。その後、世の中に溢れているあらゆる動画をもとに、どういう表現がいいかをスコアリングし、それを元に動画を制作していく、という流れです。
動画制作では、どんな背景が高い効果を生むかをAIが判断し、それをこのスタジオで撮影していきます。過去の事例では、1日の撮影で制作した動画のバリエーションは250本以上になります。1日で撮影から配信まで完了するというのも、最近では当たり前になってきていますね。
——従来では考えられない本数とスピードですね。
赤井氏:おかげさまでお問い合わせの数もかなり増えてきています。極予測AIを使った案件ではリピート率も80〜90%になるため、顧客満足度も高いといえますね。
AI時代の動画制作におけるクリエイティブの変化と壁
——動画コンテンツを主とする広告シーンは、今後どのように変化していくと思いますか?
二宮氏:僕もそこには興味がありますね(笑)。究極的には「自分にしか表示されない広告ができる」っていうことだと思います。One to Oneの世界。それと、今の生成AIの技術の発展を見ていると、クリエイターの役割は大きく変わっていくだろうと思っています。ただし、どこまでをAIが仕事するのか、という観点では、少なくともしばらくは時間がかかるでしょう。One to Oneで効果的な広告を作るには、もっと多くのパーソナルな情報が必要ですし、当面はAIが仕事の相棒というかたちが続くだろうと思います。
——クリエイティブ制作の最前線にいるおふたりがAIに対して感じている課題点や壁はありますか?
二宮氏:今でこそAIは出始めなので、技術の進歩のすごさみたいなところが話題になりますけど、生成AIだけでクリエイティブを生み出すことが当たり前になったときに、「ちゃんと人の感情は動くのだろうか」というのが気になっています。特に、人間の表現ですね。本物と見分けのつかないAI俳優がめちゃくちゃ泣ける演技をしたとして、それが生成AIだと知った人の心は動くのかということです。人は、その人の生き様とか、過去にあったこととか、いわゆる背景を知っているからこそ共感できるものですよね。何も知らないAIへの共感性みたいなものが、どこまで人間のなかに芽生えるのか。そこにすごく興味があります。
赤井氏:自分の場合、「僕らは結局ツールの進化に依存してしまう」というのがいちばんの壁ですね。もちろんアイデアでカバーできる部分はあるんですけど、AIとの協業が当たり前になったとき、もっとこうしたい、もっとああしたいという追い込みの部分にツールの限界を感じます。
二宮氏:現実的なところの課題を挙げるとすれば、「人間が作り出せないような表現を、AIを使って作り出せるのだろうか」という部分です。プロンプトを打ってガチャ的に出てくるものの話ではなくて、僕らが作っているのは広告なので、狙うべきターゲットがいるわけですよね。そこに対して、人間が手綱を握りながら、どこまでAIの力を引き出せるか。この辺は効率だけを追い求めていては難しい部分だと思います。
——AIの扱い方という点で、新たな発見はありましたか?
赤井氏:AIが発揮する能力は、使う人によって結果が変わるということです。特に生成AIは、画像一枚作るのにも、アートディレクターのほうが僕より良い画像を作り出すんです。
二宮氏:あれは本当に謎だよね。多分、ゴールのイメージが出来ているかどうかの差なんだろうけど。もともと持っているスキルが如実に結果に反映されるから、僕らには追いつけない。
赤井氏:ですよね。良いクリエイターが使う生成AIは、圧倒的に良いものを出力してくる。そういう意味で、スキルの高いクリエイターが集まっているというのは、うちの会社の強みなんじゃないかなと思いますね。世の中のクリエイターがAIを理解してもっと積極的に使った方が、将来的にも役に立つだろうなと思います。
目指すのは、“広告効果と映像クオリティを両立させる”クリエイティブ
——スタジオとして、今後の課題は何かありますか?
二宮氏:ひとつは、もっと撮影をスマートにすべきと考えています。スタジオの背景が変えられて、本来なら数日かかる撮影が一日で終わる、というところまではいいのですが、もっとその先を目指せるはず。極論を言うと、もしかしたら撮影が必要じゃないかもしれない、とか。デカいカメラじゃなくてスマホだけで撮っちゃおう、とか。ロケやグリーンバックの代わりではなくて、このスタジオじゃなきゃできない表現って何だろう? っていうのを、いろんなチャレンジをしながら模索しています。
——最後に、Cyber AI Productionsの今後の展望について教えてください。
赤井氏:CAIという会社の魅力のひとつでもあるのですが、インハウスのエンジニアが大勢いて、自分たちで開発ができるところ。これを伸ばしていきたいと思っています。現在もいろいろな開発を進めていますが、クリエイターが思いついたアイデアをスピーディーに形にすることができる会社になることが、目指すべき姿なのかなと。僕個人の仕事にもAIを活用しはじめていますし、雑務に割く時間が減ってきているので、これまで以上にアイデアを考える時間を増やして、より幅広い提案をしていきたいと思っています。
二宮氏:これは僕が目指していきたい方向性でもあるんですけど、広告効果と映像クオリティを両立させることです。広告効果を追求していくことはサイバーエージェントの優位性なので、そこはこれまで通りしっかりやっていく。一方、自分自身もいちユーザーとしてインターネットを見ていると、クオリティやターゲティングを疑う広告が多く出てくるんですよね。これって、インターネット自体の質を下げているなって思うんです。なので、効果効率も大切にしながら、そこにクオリティの高さを掛け合わせていくことで、よりよい業界になっていくんじゃないかと。自分たちが子どもの頃はCMソングやフレーズが流行してみんな口ずさんだりしていましたが、今ではなかなか少ない。そんな風に、「こんなおもしろい広告が出てきてさ!」って会話に上がるくらいのクオリティの広告をガンガン出していけたら、最高ですよね。
Cyber AI Productions
代表取締役社長 二宮功太 氏(右)
2004年、サイバーエージェントに入社。広告プランニング・クリエイティブ・デジタルマーケティング業務支援に携わり、TIAA・モバイル広告大賞・DSA空間デザイン大賞などを受賞。2019年にCyber AI Productionsを立ち上げ、代表取締役社長に就任。
プロデューサー 赤井 健二郎 氏(左)
動画制作会社を経て、2022年にCyber AI Productionsに入社。極予測AIや生成AIを用いたクリエイティブ制作責任者として活動。GoogleAdsVIDEO認定。受賞歴は、ACC、Spikes Asia、YouTubeWorks、JAAなど、多数。