著作権を保護しながら作家の画風を再現。「ピュアモデルAI」がリードするAI時代の漫画創作

画像生成AIは便利な一方、著作権が絡むデータも学習してしまっているケースもあり、安易に使用すると作家の個性が失われるだけでなく、既存の著作物の権利を侵害してしまうリスクがあります。そうしたなか、エンドルフィン株式会社が提案している「ピュアモデルAI」は、“作家本人の画像のみ”を学習し、他者の画風を混ぜない純粋な画像生成が可能なソリューションを実現しました。著作権を守りつつAIを活用する仕組みと、それによって描く未来の創作の姿を、同社の代表取締役社長・張 鉉洙さんと、グローバルビジネス部の部長・尹 慶一さんに聞きました。

利用者だけの画風を学習した、オーダーメイド生成AI

——はじめに、エンドルフィンという会社について教えてください。

張 鉉洙 氏(以下:張氏):「私たちエンドルフィンは、スマートフォン向けの縦スクロール漫画、いわゆるウェブトゥーンの制作・販売を専門に行う会社です。日本市場へは約7年前に本格参入し、新興ながら急速に存在感を高めてきました。ウェブトゥーン成長の鍵は、読者がスマホで最も読みやすい形式にあります。

縦スクロールなので指を上下に動かすだけでページが進み、読みやすい文字サイズなので拡大操作も不要です。全編フルカラーで、スマホの高精細ディスプレイを最大限活用できる点も大きな強みです。漫画の媒体が紙からスマホ(Web)へ移りつつある現在、こうしたユーザー体験の優位性からウェブトゥーンが支持を集めています」

——ウェブトゥーンはどこで発祥した形式なのでしょうか?

張氏:「発祥は韓国です。もともとは日本の紙の漫画のスタイルが世界的にも主流でしたが、デジタル化の進展に伴い、さまざまな作家がWeb上でも漫画を連載しはじめたことで、縦スクロールに適したフォーマットとして生まれました。マウスで上下に読み進める形が定着し、スマートフォンの登場によって一気に世界へ広がったという経緯があります。日本でもコミコ、ピッコマ、LINEマンガなどが積極的に採用し、現在は北米や欧州、東南アジアなど各地で同時展開できるコンテンツとして成長しています」

——日本でのウェブトゥーン市場は伸びていますか?

張氏:「2023年の出版市場調査(出版科学研究所)によると、2014年のコミック市場では電子コミックの割合が約20%だったのに対し、2023年には約70%まで拡大しています。そのデジタル領域でウェブトゥーンの比率も年々高まっており、スマートフォンの普及に合わせて読者が確実に移行している状況にあります」

——そうしたなかで作家の著作権とオリジナリティを守るソリューションとして「ピュアモデルAI」を提案しているということですが、これについて教えてください。

張氏:「私たちが提案している『ピュアモデルAI』は、ウェブトゥーン制作スタジオや個人作家が外部に頼らず、“自分の作風で作品を生み出せる”ように開発した生成AIツールです。最大の特長は、『利用者である作家の画風だけをAIに学習させる』点で、他者の著作権を侵害しない安全な画像生成を実現しています。

利用できるのは、当社と契約している作家や権利を保有する企業に限定され、某AIのように、不特定多数によって勝手に使われることを防ぎます。利用者でもっとも多いのは、締め切りに追われる連載作家さんですね。あとは、作品数を増やしたいと考えている作家や出版社からの問い合わせも増えています。現在は制作ご希望の作品を当該作家のピュアモデルAIで代行制作する受託形式が中心ですが、将来的には各作家が自信のピュアモデルAIを直接活用できるSaaSとしての提供も視野に入れています。」

著作権をないがしろにしないAI活用を推進

——開発はどのように進めてこられたのでしょうか。

尹 慶一氏(以下:尹氏):「私たちが『ピュアモデルAI』を立ち上げた背景には、有名作家の画風が勝手に混ざってしまう画像生成AIの汎用モデルへの不安がありました。実際、ネット上で有名作品を模倣した生成画像をよく見ますが、知らないうちに自分の絵柄が学習に使われているといった可能性も否定できません。そこで、ゲーム開発で生成AIを扱ってきた韓国の総合コンテンツ会社SUPERNGINEと協力し、『著作権を守りながらAIを活用する仕組み』を模索しました。

具体的には、画像生成AIのStable Diffusionを活用し、作家ごとに専用モデルを構築、特許出願中の独自技術で学習データを厳密にコントロールしています。また、学習量が少なくても画風が崩れないように設計している点も特徴です。専用モデルの制作プロセスには時間とコストがかかりますが、完成したモデルは一貫したタッチを保ち、作家自身が『ほぼ自分が描いたものと同じ』と認める精度にまで到達しています」

——日本での反応はいかがですか?

尹氏:「お問い合わせは『AIなら何でも描いてくれるんじゃないか』という期待から寄せられることが多いのですが、私たちのサービスは学習範囲を厳しく制限しており、一般的な汎用モデルとは運用が異なります。趣旨にご賛同いただける作家さんは多いものの、モデル制作には作家さんご本人との共同作業が必須で、そのプロセスがハードルとなります。線の太さや影の書き込み具合などを何十回とラリーをしながら納得いくレベルに仕上げていくので、とても時間と労力がかかります。現状、毎月3〜4件ほど継続的に問い合わせをいただく一方、すべてをお引き受けできる体制には至っていません。」

——画像生成AIでは著作権の問題からいろいろな議論が交わされていますが、そういった面ではいかがでしょうか。

尹氏:「これはどの国でも共通することですが、当然ながら反対意見があると思います。ただ、ピュアモデルAIが従来の画像生成AIと大きく異なるのは、『作家を守る』という視点を最優先にしている点です。著作権を厳格に守ろうとする姿勢は、より多くのデータを学習させて性能を高めたい従来のAI開発の視点から見ると、いわば“制約”となり、モデルの改良が進みにくくなる原因にもなります。

実際、大手の生成AIも法的グレーゾーンを避けるかたちで学習を進めており、倫理よりもスピードを優先している場面が多いのが実情です。法的に問題がないという前提のもとで進められる環境では『自分の絵柄が勝手に使われ、他人の画風と混ざってしまうのではないか』という作家の不安が置き去りにされがちで、そうした権利を守る動き自体が生まれにくいのが現状です。私たちは、こうした状況はやはりおかしいと感じていますし、この隙間を埋める仕組みが必要だと考えています。画風も守られるべき大切な財産であるという意識が、ピュアモデルAIを通じてより多くの人に広がっていけたらと願っています。」

——「ピュアモデルAI」を今後どのように発展させていきたいとお考えですか?

尹氏:「当面の目標は、作家専用モデルの制作にかかる期間とコストの削減です。現状はセキュリティを最優先して受託開発という形式を取っているため、1モデルの構築に2〜3カ月を要していますが、今後はこのプロセスをより効率化したいと考えています。あわせて、限定的ながらSaaS型での提供も検討中です。ただ、AIツールに不慣れな作家の方々が『思い通りに生成できない』と感じるケースも想定されるため、ユーザビリティの向上が課題です。とはいえ、技術進歩のスピードを踏まえると、これらの課題は近いうちに解決できると見ています。将来的には静止画にとどまらず、アニメーションにも対応し、さらに多様な表現を支援できる環境の実現を目指しています。」

作家固有の癖まで表現。新時代の漫画アシスタントとして

——昨今、ますます進化の速度が速まっているAI業界をどう見られていますか?

張氏:AIの進化は、もはや止めようと思っても止められない段階にあり、今後は業界全体で『AIをどのように活用すべきか』という方向性をすり合わせるフェーズに入っていると考えています。日本国内では、総務省をはじめとする関係省庁がガイドラインの整備を進めており、海外でも北米では指針をつくり、ヨーロッパではより厳格な規制が導入されつつあります。私たちとしても、こうした各国の動きを参考にしながら、作家や企業の皆さんと意見を交わし、クリエイターの権利をしっかりと守りながら、AIを健全に活用できる仕組みづくりをすすめていきたいと考えています。」

——ピュアモデルAIはまさにそういった動きを象徴するようなソリューションですね。

張氏:そうですね。ピュアモデルAIの運用方針は、現場の声を聞きながら定めています。たとえば里中満智子先生や倉田よしみ先生といったベテラン漫画家の方々に『理想的な活用法とは何か』を直接伺い、その意見を反映させています。

そのなかでよく出る例えが、かつてコピー機が登場したときの騒動です。当時は『作品が複製される』として強い反発もありましたが、いまではコピー機を使わない制作現場のほうが珍しいほどです。経験豊富な作家の方々ほど、こうした歴史を踏まえたうえで『AIも適切に管理すれば、創作を支える強力なツールになる』と前向きに捉えてくださっています。

一方で、業界経験が浅い方ほど『自分の画風が盗まれるのでは』という警戒感が強い傾向があります。そこで私たちはベテランと若手、双方の意見をバランスよく取り入れながら、リスクを抑えつつ利点を最大現に活かすガイドラインをまとめようとしています。こうした合意形成が進めば、将来的には業界全体のルール整備や制度化にもつながっていくと考えています。」

——ちなみに、現時点での技術的な壁や、改善ポイントはありますか?

張氏:作家ごとに専用モデルを作成する際、現在の課題のひとつが、学習に必要な画像の枚数がまだ多いという点です。かつては500枚ほど必要だったものが、現在は50枚程度まで削減できていますが、今後は更に少ない枚数でより高い精度を実現できるよう取り組んでいきたいと考えています。

もうひとつの課題は、作家が思い描く繊細なニュアンスをAIが完全に汲み取れないという点です。例えば、線の強弱や色味のわずかな違いなど、デジタルでは数値化しにくい部分にどうしても差が出てしまいます。このギャップを埋めるためには、プロンプト設計の支援や対話型フィードバックなど、人とAIが協力して仕上げていく仕組みの強化が必要です。最終的には、作家の意図通りに納得できるレベルまで歩留まりを高めることが目標です。」

——AIの進化に合わせて精度が上がっていくと思うと、今後が楽しみですね。

尹氏:「生成AIの進化スピードは想像以上に速く、技術的な課題の多くは自然に解決へ向かうと見ています。その一方で、私たちが特に重視しているのは、いわゆる理想的な仕上がりよりも、『作家固有の癖までを含めた再現』です。

たとえば、作家Aさんは線が少し歪む、色塗りにムラが出るなどの“癖”がありますが、そこにこそ個性や味わいが宿っていると私は考えています。ピュアモデルAIでは、こうした癖も含めて丁寧に学習させることで、作品が本人の手を離れてもオリジナリティを保ち、著作権的にも本人の画風と認められる状態を目指しています。一般的なAIが理想化された絵に寄せてしまうのとは対照的に、『癖を活かしてこそ本物らしさが出る』という発想でモデルを調整している点が、私たちのアプローチの特徴でもあります。

もちろん、生成AIを漫画制作に活用することに対して、『手を抜いているのでは?』という懸念の声があることも承知しています。しかし、実際に世に出る作品は、最終的に作家自身が確認し、仕上げたものです。現在でも多くの作家がアシスタントと協力していることを考えれば、今後は生成AIのリテラシーを持った“新しい形のアシスタント”のニーズが爆発的に高まると予想されます。

『ピュアモデルAI』のサポートによって、作家は物語づくりに集中でき、そのぶん作品の深みも増していくはずです。AIと人間が手を取り合いながら進む未来が、漫画の世界をいっそうおもしろくしてくれると、私たちは信じています。』

エンドルフィン株式会社

ウェブトゥーンと呼ばれる縦スクロール型の漫画制作に特化したスタジオとして、2018年に設立。編集と制作の分業体制により、クリエイターの創作環境をサポートしながら、高品質なオリジナル作品を国内外の主要プラットフォームで展開。また、AIによる著作権保護技術「PureModelAI」や、ローカライズ事業などを通じて、グローバルにコンテンツを届けている。
https://www.en-dolphin.com/jpn/index.php

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