生成AIで障害のある方の働き方を変える。「パパゲーノ」CEO 田中康雅氏の想い

#DX

スマートフォンがビジネスや生活に欠かせない存在になったように、AIもまた、ごく身近な存在になりつつあります。一方で、その恩恵が十分に届いていない分野があるのもまた事実。障害福祉の分野では未だ紙媒体を活用している企業も多く、DXが遅々として進んでいないケースも。そうした現状を打破し、AIを活用して「『生きててよかった』と誰もが実感できる社会」の実現を目指すのが、株式会社パパゲーノです。本企画では、同社CEOの田中康雅さんに、障害福祉分野におけるAI活用の現状と課題、そしてAIが拓く新たな可能性について伺います。

AIとITで、“生きててよかった”と思える社会を

——はじめに、会社の概要について教えてください。

田中康雅氏(以下、田中氏):「株式会社パパゲーノは、『生きててよかった』と誰もが実感できる社会の実現を目指し、精神障害に関するリカバリー(自分らしい生き方の追求)を広める活動を行っています。活動における大きな軸がふたつあり、ひとつは『パパゲーノ Work & Recovery』です。主に「精神障害」「発達障害」のある方が、PCを使ってITスキルを学び、自分らしく生きることを応援するための就労継続支援B型事業所で、1人ひとりの希望や体調にあわせて自分のペースで働くことができます。

もうひとつは、AIを活用した支援現場のDXアプリ『AI支援さん』というツールの開発です。支援現場の声を聞いて生まれたDXアプリで、支援記録をサポートします。障害のある方と支援者との面談録音データから、また、日々の記録をテキストだけでなく音声でも残しておくことで、ワンクリックで書類を作成することも可能です」

——この分野に取り組まれるきっかけはなんだったのでしょうか。

田中氏:「私がメンタルヘルスの分野に関心を持ったのは大学生のときでした。身近な人が心にトラブルを抱えたことをきっかけに、メンタルヘルスや自殺予防に貢献したいという思いを抱くようになりました。

ただ、もともと専門が医療・福祉分野ではなかったため、卒業後はITスタートアップやヘルスケア分野でのDX支援などを行ってきました。前職では上場前後の経験もさせてもらい、また、社会人学生として、神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科に通い、公衆衛生学を学びました。そうしてある程度経験値が溜まってきたときに、自分だからこそ挑戦できるメンタルヘルス分野の課題ってなんだろう、と考えたことが現在の起業につながっています」

——数ある手法のなかで、AI技術に着目した理由とは?

田中氏:「新しい技術を使って何かできることがあるなら、積極的に取り入れるというスタンスは創業当初から持っていました。NFTが台頭したときには、精神障害のある方の収入の支援として、自身の体験談の二次創作権をNFTで販売するマーケットプレイスを制作しようとしていたこともあります。

そうしたなか、AIは障害のある方、特に精神疾患や発達障害、認知症など、脳機能に障害がある方にとって、非常に有効なツールになる可能性があることに着目しました。脳の機能障害をAIで補完することで、当たり前に生活できる社会が実現できるのではないかと考えています。

遅れる障害福祉のDX、AIが拓く新たな支援の可能性

——障害福祉業界のDXの現状はいかですか?

田中氏:「現状は正直に言うと、まだDXやAIの活用は「これから」という段階だと感じています。支援記録も紙媒体やエクセル中心ですし、業界としてはDXが非常に遅れているのが実情です。

一方、障害者雇用の求人を見ると、事務系の仕事が40%以上を占め、最も多いんです。利用者さんからも「パソコンを使った仕事がしたいのに、近所にできる場所がない」という声をよく聞きますが、そもそもWi-Fiが繋がっていない事業所が多かったり、社用のPCやスマホが中古の低スペックなものだったりと、ITインフラの整備も大きな課題です。ネットワーク環境に依存しないエッジAIの活用も必要になってくるかもしれません。 ※出典(1)

——AI活用はどのくらい進んでいるのでしょうか。

田中氏:「残念ながら、こちらもまだまだ進んでいません。直近の調査データでは、就労継続支援B型事業所の81.8% ※出典(2)がAIを活用していないという結果が出ています。多くの人はまだ、AIを『単なる効率化のツール』と捉えているのが現状の課題だと感じています。

例えば、発達障害で相手の意図や感情を想像するのが苦手な方がAIに意図を尋ねたり、相手に配慮した伝え方をAIに相談したり。さらに、難しい漢字が理解しづらい場合に、AIでひらがなに変換してもらったりすることで、コミュニケーションのトラブルを減らすことができます。

また、業務マニュアルに基づいて、個別の質問にAIが答えることで、精神障害のある方の業務遂行も支援できると考えています。対人不安が強い方であってもAI相手になら遠慮なく質問することができるので、作業もスムーズなるんです。このように、AIは脳機能の障害を補い、環境を整えることで、障害のある方が自力でできることを増やし、当たり前に生活できる社会を作ることができると思っています。実際、利用者さんからは、『AIがあったから挑戦できた』『自分の可能性がひろがった』といった前向きな声が多く届いています」

——AIの活用をさらに広げる上で、課題や法制度の面で壁はありますか?

田中氏:「いちばんの課題は、現場にノウハウがないことです。重複しますが、AIを『単なる効率化のツール』と捉えられていることが多く、AIが情報処理や思考を補完し、障害のある方の可能性を拡げるあるという認識が不足していることがノウハウ不足にもつながっています。

もうひとつは、個人情報保護の整備です。AIの利用が公的なツールとして認められるためには、セキュリティやコンプライアンスのルールとオペレーションの整備が不可です。また、障害福祉サービスは医療における診療報酬のように、『これをやったら何点』というように画一的な基準で評価されがちです。新しいAI活用による支援が既存の枠組みに当てはまらない場合、適切な評価や報酬が得られない可能性もあります。

なので、今後は国や自治体、業界団体と連携し、セキュリティや運用マニュアルを整備した上で、活用事例や実証実験を増やしていく必要があると考えています」

個人の可能性を最大限に引き出す「リカバリー」の社会実装

——「リカバリーの社会実装」について教えてください。

田中氏:「症状の有無ではなく、『自分らしい人生を歩めているか』を重視する考え方をリカバリーと呼んでいます。どう新しい自分に出会い、気付きを得て、自分らしい生き方を取り戻していくか。その過程を重視しています。

精神障害のある方が自分らしく望む生き方を実現していくプロセスのことです。新たな人生の意味や目的を見出して充実した人生を生きていく、一人ひとりのプロセスを指す概念

パパゲーノでは、AIやITを駆使することで、誰もが夢や挑戦を実現できる環境を提供し、その実感を高める取り組みをしています。特にAIは非常に重要な役割を果たします。障害のある方にとって、AIはメガネのようなツールです。視力を補うのと同じように、脳の機能障害(判断能力の低下、集中力、記憶など)をAIが補ってくれます。これにより、障害のある方が自分の可能性を広げ、自力でできることを増やし、自信に繋げていく。そうした取り組みが重要だと考えています」

——今後のAI活用や期待している進化について教えてください。

田中氏:「今後は、 より個別支援を現場で実践しやすくなるような環境を障害福祉や介護などの支援現場に普及させていきたいと考えています。音声による支援記録や支援計画の作成に留まらず、紙やFAXをAI-OCRで読み取る機能、最適な支援方針を助言してくれるチャットBOT機能など、アイデアはさまざまで、既に実証をはじめています」

——パパゲーノの今後の展望を教えてください。

田中氏:「私たちが開発しているAI支援ツール「AI支援さん」は、今後もどんどん機能を強化していく予定です。AI業界って、本当に毎週のように新しい技術やサービスが出てくるので、たとえばAIを活用したコードエディタのCursorのような、注目されている最新ツールも積極的に取り入れ、具体的なユースケースをもとに、業界全体に広めていきたいと考えています。

さらに導入事業所も増やしていきたいと考えています。現時点では、全国で20数か所の事業所で有償利用いただいており、無料トライアルに関するお問い合わせもかなり多くいただいている状況です。こうした広がりを通じて、支援現場でAIをしっかり“使いこなす”という文化が、もっと当たり前になっていくといいなと思っています。単にツールを導入するだけじゃなくて、現場の方々が自然にAIを使いこなして、それが支援の質の向上につながっていく、そんな形を目指しています」

——AIが日進月歩で進化している今、田中さんは現状をどう感じていますか?

田中氏:「テクノロジー、特に生成AIの進化は、ソーシャルワークのあり方や、障害のある方の『困りごと』自体を変化させています。AIが情報処理や思考を補完することで、これまで高度な能力を持つ人にしか享受できなかった情報の恩恵が、より多くの人に及ぶようになっていくはずです。

個人的には、支援サービスを運営する側よりも先に、障害当事者の方々がAIを使いこなしていく可能性も高いと感じています。彼らがAIを有益な社会資源として捉え、積極的に活用していけば、障害福祉業界でのAI導入がもっともっと加速するかもしれません。いずれにしても、障害のある方々の可能性を広げる社会資源としてのAIという認識が広まれば、『生きててよかった』と誰もが実感できる社会にも大きく近づいていけるはず。そこにとても期待しています」

【出典】
(1)
厚生労働省 令和4年度 生活困窮者就労準備支援事業費等補助金 社会福祉推進事業
「ソーシャルワーク実践におけるデジタル技術の活用促進に関する調査研究事業」
https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001142045.pdf

(2)
「解離性同一性障害・発達障害の特性をAIで補いWebデザインの仕事をする【パパゲーノ Work & Recovery みあさん】」
https://papageno.co.jp/mia/

株式会社パパゲーノ 代表取締役CEO 田中康雅氏

慶應義塾大学環境情報学部卒業。産業医紹介事業の立ち上げや、株式会社iCAREで健康管理システム「Carely」の事業開発、株式会社エクサウィザーズで介護AIプロダクト「CareWiz トルト」のPMM(プロダクトマーケティングマネージャー)を経て、株式会社パパゲーノを在学中の2022年3月に創業。メンタルヘルス分野でのDX推進と「リカバリー」の社会実装を目指す。精神保健福祉士、公衆衛生学修士。著書に『生成AIで変わる障害者支援の新しい形 ソーシャルワーク4.0』など。
https://papageno.co.jp/

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