イラスト制作に一石を投じた “クリエイティブAI” 誕生の背景

イラストや漫画制作などを支援するAIツールは、生成AIのなかでも特に注目度が高い分野のひとつです。2024年6月に正式リリースされた「copainter」は、ペン入れや下塗り、着彩などのツールでクリエイターをサポートしてくれるwebサービス。クオリティアップや時短に役立つAIモデルとして、クリエイターを中心に話題を呼んでいます。 登場から約半年で、すでに多くのユーザーを獲得しているという「copainter」は、クリエイターをどう支え、どこへ導くのでしょうか。 開発した株式会社ラディウス・ファイブ AI開発エンジニアの東 耕平氏にお話を伺いました。

クリエイティブの助けになるAIツールをいち早く展開

——ラディウス・ファイブさんでは、いつ頃からAIを扱うようになったのですか?

東 耕平氏(以下、東氏): 2015年の創業当初はゲーム開発を行っていたんですが、2018年頃から創作やクリエイティブにAIを活用しようというサービスに着手をしており、「cre8tiveAI」をはじめとするいくつかのツールを開発し、サービス展開していきました。

そのときに好評だったのが高解像化のサービスで、特にアニメとの相性が良かったため、古いアニメや映画のリメイクをして再上映する、みたいなプロジェクトも進めていましたね。時代的に言うと、大きな話題となったGANの頃からAIを使った協業案件ということを積極的に取り組んでいました。

——かなり早い段階からAI関連の事業に取り組んでいたようですが、今のようなサービスはいつ頃から始められたのでしょうか?

東氏:風向きが大きく変わったのは、Stable DiffusionやDALLEなど拡散モデルによる高性能な画像生成AIが登場したことです。今までもGANを用いたクリエイター支援ツールを作っていましたが、拡散モデルによる高性能な画像生成AIの登場でやれることが増え、AI×クリエイティブという領域が一気に広がりました。これを受け、cre8tiveAIをよりイラストや漫画制作に特化させた「copainter」を開発する運びとなりました。他にも、現在はAIとIP(知的財産権)と連携させてコンテンツ事業をさらに盛り上げていこうという取り組みも進めています。具体的には、イラストレーターさんや既存のコンテンツの画風をAIに学習させ、顔写真や似顔絵をその画風に変換してユーザーに楽しんでもらう、ということを行なっています。

——貴社では「手の届く範囲+α の人たちを助けられる存在になる」という言葉を掲げていますが、これにはどういった背景があるのでしょうか?

東氏:創業のメンバーには有名ゲームのディレクターなども在籍しており、クリエイティブ事業に詳しい人が多かったんですね。そうした事情から、メンバーは身をもってクリエイティブな仕事の大変さも知っていて、身近な問題として捉えていたんです。そのため、まずは手の届く範囲の人たちの役に立とう、という理念が生まれたようです。

ちなみに、私もラディウス・ファイブに入ってから知ったのですが、この「手の届く範囲」には、自分たち社員も含まれていて、「こういう課題があるから解決したい」と提案すると、割とすんなり受け入れてもらえることも多いです。実は私自身、趣味でイラストや漫画を描くこともあり、「copainter」も、ある意味でユーザー目線から立ち上げたサービスでもあるんです。

——なるほど。だからこそ「copainter」では描き手の「あったらいいな」が実現されているわけなんですね。改めて、開発者の東さんから「copainter」とはどういったサービスなのかを教えていただけますか。

東氏:AIによる創作支援によって使い手の想像力を加速させる、というのが「copainter」のテーマです。人がもともと持っている想像力やクリエイティブを発揮するためのサポートを、AIによってお手伝いするというところですね。主な機能としては、ペン入れといってラフ画を綺麗な線画に整えたり、線画への下塗りや、仕上げの着彩などが行えます。

——実際にどういった方々に使われているのでしょうか?

東氏:趣味でイラストを描かれる方や、漫画を描いている方ですね。特に漫画家さんについては実際の作品のここに活用した!などメッセージを直接もらうことも度々あったりします。実は「copainter」より以前、写真を線画に変換して背景として使えるようにするという「SketchEdge」という個人サービスをやっていたことがあるのですが、その時も漫画家さんからお声をいただくことが多かった印象です。海外ユーザーもいますが、やはり国内需要が圧倒的に大きくウケがいいと思います。

よりシンプルに、より幅広く使える「copainter」を目指す

——AIを駆使したペインティングツールは競合が多い分野だと思います。そのなかで、「copainter」の強みはどこにあると思いますか?

東氏:絵を描く目線に立ってツールを作っている点でしょうか。絵を描こうとした時に、ただAIイラストを出力されても意図したものと違うことがほとんどですし、レイヤーも分かれてないので修正が難しいんですよね。

また、私自身も趣味で少し絵を描くため書き手としての多少の知識はありますし、周りのクリエイターとも積極的に交流を図りながら、使い手目線でUIやツールの開発を行っていることも特徴があると考えています。AIって、いきなり渡されてもどう使うのか、何ができるのかって、結構わからないものなんですよね。そこをなるべくクリエイターに寄り添って、分かりやすく提示しているという点も強みと言えるのではないでしょうか。

——東さん自身がユーザー目線を持っているからこそ、サービスの開発の中で大切にしていることはありますか?

東氏:やはり大事にしたいのは、あくまで「人間が描きたいものをどうサポートするか」というところです。自分が作りたいものをどうサポートしてくれるかというところに、軸を常に置いています。あとは大前提として、実用性がちゃんとあるかどうかを見極めることです。昨今、生成AIというだけでインパクトもあり話題にしてもらえますが、蓋を開けてみると全然使われていないサービスというのも、実はとても多いんですね。そこには“現場目線”が足りていないと思っていて、性能面はもちろん、UI、UXの面でもちゃんとこだわりながら、本当の意味で実用性のあるものを作ろうと思っています。

——UI、UXへのこだわりは製品からも感じられる部分です。専門家が開発チームにいらっしゃったりするのでしょうか?

東氏:そこに関してはかなり手探りな部分が多くて、見た目の部分こそデザイナーにお任せしていますが、UI、UXは地道な試行錯誤なんです。設定項目がたくさんあっても、この数値がどう働くのかっていうのはユーザーにはほとんど分からない部分。その反面、設定項目が少なすぎると思い通りのものが生成されないことになってしまうので、必要最低限のシンプルな形を模索して、初めて使う人でも扱えるようにするというのは意識しています。

そして、開発していて思うのは、「生成速度がUXにとってかなり重要だな」ということ。とはいえ、前職でAIモデルの高速化にも少し関わっていたこともあって、そこにはメリットとデメリットが存在することも理解しています。速いことは正義ですが、高速化に重きを置きすぎるとモデルのアーキテクチャに制約がかかったり、性能が下がったりするなどデメリットもあるんですよね。性能と速度のバランスを取るのは毎回難しいなと実感しています。やはりAI自体の高速化だけでなく、ハードウェアの方でも最適化も必要で、ソフトとハードの両面からアプローチしていなかいといけないことなる。両方をうまくアップデートできれば、ユーザーの体験をもっともっと良いモノにしていけると思っています。

——「copainter」の開発者として、今後どのように進化させていきたいとお考えですか?

東氏:自分のなかでは、今後の開発にあたり大きなふたつの柱があります。ひとつは、既存のイラストを描くフローに合わせてツールを開発していくこと。現在でもペン入れ機能や着彩機能のようなかたちで、工程ごとに分かれた機能を実装していますが、これをより充実させていきたいと思っています。

もうひとつは前者とは逆の観点ともとらえられるのですが、“AI時代ならではの絵の描き方”というのも模索していきたいと思っています。SNSを見てると、手書きとAIをうまいこと組み合わせて今までにはなかったやり方の絵作りをする人もおり、そのような新しい描き方に合わせたツール開発にも取り組んでいきたいと考えています。

——そういう意味では、ユーザー側もAIペイントツールに少しずつ慣れてきている部分もあるかもしれません。その点ユーザーの需要も、ローンチ当初より明確になってきた部分もあるのでしょうか。

東氏:そうですね。でも、使われ方に関してはまだハッキリ見えているとは言えないかなと思っていいます。というのも、クリエイターごとにスキルやスピード、体力が異なっていて、同じAIを渡しても、みなさん本当に多種多様な使われ方をしているんです。AIにできることも幅広いですから、求めるところが人それぞれ違う、といいますか。ざっくりしたラフからワンクリックで綺麗な絵にしたいという人もいれば、ある程度描いてからペン入れのところだけアシスタント的に使う人もいます。

自分もユーザーとして感じている「ここは自分でやりたい」という部分と、「AIに任せてもいいかな」という部分は、作家や作品によって判断が異なるので、幅広い使い方に対応できるツール構成にしていかないといけないなと常々思っています。

「copainter」を通じて、クリエイティブの楽しさを届ける

——東さんから見て、昨今のAIの進化をどう捉えていますか?

東氏:数年後にどうなっているか、本当に予測がつかないです(笑)。ChatGPTが出てきた頃は、「世の中どう変わっちゃうんだろう」なんて思っていましたけど、今となっては日常の一部ですからね。AIに何か作業してもらうことって、もう当たり前になってしまっているので、そのときのようにどんどん変化していくんだろうとは思っています。なので、直近1年で何か大きな変化が起きるかもしれないということは、いつも頭に入れながら行動しています。

——生成AIに対する人びとの考え方も、同時に大きく変化してきたと思います。特に表現の世界では、なかには抵抗がある人も多いと思うのですが、受け入れてもらうためには、どんなことが必要だと思いますか?

東氏:開発者として賛否あることは認識していて、そこには今後も真摯に向き合っていかなければいけないと思っています。当社としては大前提として、文化庁のガイドラインに従って開発を進めています。さらに、ガイドラインにない部分に関しても、独善的に進めてしまうのは良くないと考えており、ユーザーや業界含め、さまざまな声に耳を傾けていくつもりです。

——開発者として、まさにその性能アップは日々目指されているところだと思います。東さんの目線から、AIで期待している技術はありますか?

東氏:そうですね、いま欲しているのは自然言語で対話的に画像生成ができるマルチモーダルAIでしょうか。すでにAIが生成する画像は、綺麗さだけでいえばかなりのレベルになっています。次のステップでは、ただ綺麗なだけではなく、自分が表現したいことをどれだけAIが理解して忠実に出力できるか、というところが大事になってくると考えています。

これまで、個人的にいろいろな画像生成AIサービスを使ってきたなかでいちばん使い心地がよかったのがOpenAIの「DALL·E3」なんですが、ああいった対話形式の画像生成というのが今後どんどん出てくると思います。もちろん、そこにはUIやUXの進化も必要で、より高度な自然言語処理に加えて操作性が向上してくると、いまよりもっと活用の幅が広がるのではないでしょうか。

——AIの進化が待ち遠しいですね。

東氏:最近はエンジニアの仕事がAIにどんどん奪われていっているといいますが、私としてはAIを活用する若い人たちは本当にすごいなと思っていて。新しい技術を活用してどんどん生産性を上げているのを見ていて、「そんな使い方もあるのか!」と驚かされることも多々あります。“”AIネイティブ”となる次世代が活躍する頃には、どうなってしまうんでしょうね(笑)。

脅威と期待、両方感じつつ、だからこそ自分も頑張らないといけないなと強く思います。「copainter」ではツールの開発や性能アップ以外にも、キャラクターの一貫性など、細かな課題もまだまだあります。そうしたものを一つひとつ実現しながら、みなさんに納得して使ってもらえるようなサービスにしていきたい。そして何より、多くの人にAIを活用したクリエイティブの楽しさを届けていけたら、開発者としてはこれ以上うれしいことはないですね。

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Adobe社が提供するソフトウェア「After Effects®」で使用できるプラグインで、写真やイラストを世界最高水準で美しく高画質化。エッジでの推論に特化したailia SDK を用いて開発することで、マルチプラットフォームでの高速推論を可能にしています。
本製品は、aillia SDK を提供するax株式会社と、「cre8tiveAI」を提供する株式会社ラディウス・ファイブの2社で開発した商品です。
https://ja.cre8tiveai.com/aar

株式会社ラディウス・ファイブ AI開発エンジニア 東 耕平氏

ラディウス・ファイブのAIエンジニア。イラスト制作支援AIサービス「copainter」のプロダクトオーナー兼AI開発責任者。大学時代からAIに触れ、自動運転や工場の検査に用いるAIモデルを開発する会社を経て現職。イラストや漫画を描くのが趣味。
https://x.com/minux302

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