漕ぐ力を電気でアシストするeバイク。その市場はいま、大きな転換期を迎えています。コロナ禍で需要が拡大した一方で、市場の課題も顕在化。そうしたなか、「あなただけの乗り心地」をAIが実現する、次世代のeバイクが登場しました。デザインとテクノロジーを両立させる台湾発のeバイクブランド「BESV(ベスビー)」が手掛けた、乗る人の漕ぎ方を学んでアシストを最適化してくれる自転車「PSA2」です。株式会社BESV JAPANの代表取締役・澤山俊明氏に、最先端のAI技術を搭載した「PSA2」がどのように市場の課題に応え、サイクルライフを豊かにするのかを伺いました。
eバイク×AIによる技術革新が自転車界のトレンド
——BESVというブランドについて教えてください。
澤山俊明氏(以下、澤山氏):「BESV(ベスビー)は2014年に、初代モデルのPS1を完成させたところからはじまりました。当時の電動アシスト自転車というと、自転車にモーターやバッテリーを後から取り付けたようなデザインがほとんどだったのですが、BESVはそれらを車体にきれいに組み込んで、最初から完成されたデザインのeバイクとして設計しているのが特徴です。 ブランド名は、Beautiful(美しさ)、Eco-friendly(環境へのやさしさ)、Smarter(スマートな機能)、Vision(未来への展望)の頭文字をとったもので、デザインや性能を通じて、新しいモビリティの価値を提案していこうという考えが込められています。

BESVの母体は、台湾BenQのグループ会社で、DARFONエレクトロニクスというIT機器メーカーです。DARFONには、もともとバッテリーやコントローラー、ディスプレイまわりを自社で作れる強みがありました。そして、台湾は自転車の主要な生産国でもあるので、自社の技術と地場の部品メーカーとの連携を活かして、環境問題にも応えるような製品をつくろうと、約10年前からこのグリーンエナジー事業の一つとして、自転車事業をスタートしました」
——現在のラインナップについて教えてください。
澤山氏:「初代モデルのPS1から始まり、徐々にラインナップを増やしていくなかで、現在は3ブランド×19モデルを展開しています。『BESV』はメインブランドで、ミニベロからロードバイクやマウンテンバイク、シティサイクルまでが揃っています。これらの自転車はデザイン性ももちろんこだわっているのですが、実はBESVの強みはアシストの制御技術です。
それをもう少し手頃な価格で、もっと幅広い層に届けたいと思って立ち上げたのが、『Votani(ボターニ)』というブランドです。Votaniは、比較的シティサイクルや、いわゆるママチャリに近いパーツ構成で、泥除けやライトを標準装備しています。購入したらすぐに乗り出せるパッケージになっており、価格も抑えめ。いわばエントリーブランドとして展開しています。

そして最近新しく出たのが『SMALO(スマーロ)』というブランドです。日本ではまだあまり浸透していませんが、ヨーロッパでは今、コネクテッドバイクやスマートバイクと呼ばれ、自転車に通信機能やAI技術を持たせた製品が増えてきています。3ブランドのそれぞれの性格として、BESVがスポーツ性能に強いeバイクをラインナップするブランドだとすれば、Votaniはもっと日常的・大衆的なブランド。その次のステップとして、通信機能とAIを加えることで、eバイクの新しい可能性を探るブランドとしてSMALOを立ち上げました」

——AIを製品に組み込むに至った経緯やきっかけについて教えてください。
澤山氏:「BESVは日本のeバイク市場において、ある程度の認知はいただいているものの、自転車業界全体で見ると、競合の大手メーカーと比べると後発の部類に入ります。
そうしたなかで私たちの強みは何かというと、やっぱり『テクノロジー』なんですよね。技術力に自信があるからこそ、それをどこまでオリジナリティのある形で発揮できるかというのが重要でした。実は、もう4〜5年前から『AI』というキーワードは社内でも出ていまして、当時としては、かなり早い段階から取り組もうとしていたと思います」
乗り手の漕ぎ方を学んで、アシストを最適化する自転車「PSA2」
——日本国内におけるeバイク市場の傾向をどのように見ていますか?
澤山氏:「国内の自転車市場はコロナ禍で大きく成長したものの、今は世界的に在庫過多の状態に陥っています。自転車には、自動車のような国への登録制度がないため、世界中どこでも正確な市場規模が把握できていませんが、国内全体として自転車の販売台数は年々減少傾向で、かつて700〜800万台あった国内の販売台数は、今では約500万台にまで落ち込んでいます。
ただし、電動アシスト付きのeバイクは全体的には横ばいから微増傾向にあると思っています。統計に反映されていないEC販売や輸入品の存在も無視できませんので」
——AIを搭載した自転車のトレンドはどのような状況ですか?
澤山氏:「日本ではまだあまり見られませんが、海外では特に先進的なメーカーのなかには、音声応答機能などを搭載した“AI自転車”をリリースする動きがすでに出てきています。とはいえ、そうした製品が主流になってトップブランドとして定着するかというと、それはちょっと疑問です。どちらかというと“キワモノ”に近い印象がまだあるので、前提として自転車本来の走行性能や安全性がいちばん大事だと思います。ただし、今後増えていく傾向にはあると感じていますね。
日本国内では、そうしたAI搭載の完成車はまだありませんが、最近ではコンポーネントメーカーのシマノが『Q’AUTO(クォート)』というAI変速システムを発表しました。シマノは自転車本体ではなく、パーツのメーカーですので、今後はこのコンポーネントを組み込んだ自転車が各社から登場してくるのではないかと思います。
——今回発表された『PSA2』について、AIの観点から訴求ポイントを教えてください。
澤山氏:「PSA2には、『ラーニング・スマートモード』という新機能を搭載しています。もともとBESVでは『スマートモード』という独自のアシスト制御を持っていて、これはペダルの踏み込み(トルク)に応じて自動的にアシスト量を調整するものです。この段階ではまだAIとは言っていませんでした。

新しい『ラーニング・スマートモード』では、ペダルのトルクやケイデンス、速度、勾配などのデータをAIが学習してくれます。たとえば同じ坂道でも、脚力のある人は高いトルク・高ケイデンスで走れますが、脚力のない人はペダルが重く感じてケイデンスが落ちていきますよね。そこに電力アシストが入るわけですが、この新機能では『その人がどのくらいのトルク域を快適だと感じているか』をAIが学習して、個別に最適なアシストをかけてくれるようになっています。

つまり、同じバイクでも、乗る人ごとにアシストの出方が変わるという点が大きな特徴です。そこを『AIによるラーニング機能』として発表しています」
——ミニベロのeバイクというスタイルということで、小回りが利いて楽しい自転車だと思いますが、どんな使い方を想定されていますか?
澤山氏:「小さなきっかけから、日々のライフスタイルが変わっていく可能性があるなと感じています。これまでのいわゆる電動アシスト自転車は、通勤や買い物といった決まったルートを移動することが主目的のツールでした。でもeバイクはそれとはちょっと違っていて、たとえばミニベロみたいに取り回しが良くて軽いモデルだと、もっと気軽に『ちょっと乗ってみようかな』という気分になれる。
『どこかへ行くために乗る』じゃなくて、『乗ること自体が目的になって、そこから目的地が決まる』みたいな発想の転換が起きるんですよね。
それって、自転車が日常の中にもっと自然に入り込んでくるってことだと思います。ロードバイクやMTBのような本格的なスポーツバイクのように、ウェアや走れる環境に縛られることも少ないし、誰にとっても入りやすい入り口になっている気がします。いきなりスポーツバイクに乗るのはハードルが高いけど、eバイクならその一歩目が踏み出しやすいんです」
AIのサポートで、楽しさも安全もさらに広がる
——今後、AIの発展とともにeバイクはどのように進化していくとお考えですか?
澤山氏:「乗り味の面でいうと、まずアシストの出力制御の部分は、これからどんどんAIが担うようになってくると思っています。それに加えて、たとえばアプリとの連携も今以上に進化する可能性がありますね。今弊社で使っているアプリは、基本的にオリジナルで閉じた設計になっているんですが、今後はもっとオープンソース化が進んで、他のサービスと組み合わせることもできるようになると思うんです。

たとえば、Googleマップと連携して走行ルート上に事故の多発エリアがあると教えてくれたり、坂道が近づいてきたら『そろそろアシスト強めにしますね』と自動で調整してくれたり。音声アシストも含めて、もっとライドが楽しくなったり、自動的に『安全』にフォーカスできる機能が整っていったりするはずです。
ギアの変更やブレーキのタイミング、アシストの強弱といった細かな操作をAIがうまくサポートしてくれるようになることで、ライダー自身は安全運転や景色を楽しむことに集中できる。そういう意味でも、AIがやってくれる範囲が広がると、自転車との付き合い方も大きく変わっていくと思っています」
——サイクルライフ全体にもポジティブな影響がありそうですか?
澤山氏:「自転車としては、すべての人が交通ルールを守り、安全に移動する乗り物であるのが理想です。しかし、現状は違法なeバイクやマナーの悪い運転者も多く、また、道路環境にも改善の余地があります。たとえば、信号が黄色に変わったのを見て、加速して交差点に無理に侵入してしまうライダーの心理としては、止まると再発進からの走り出しが辛いからだと思うのです。でも、乗る人に快適化されたeバイク+AIの自転車なら、走り出しも走っている最中ももっと楽に乗ることができ、無理せず止まることができようになっていくはず。そういった意味で、将来的にAIによるサポートが充実していけば、安全な交通に寄与できると思っています。
AIというキーワードについては、私たちとしても今後非常に重要だと考えています。他社との差別化という点もありますし、これから市場にBESVを出していく中で、ユーザーからポジティブな反応があれば、どんどん開発に取り組んでいきたいですね」
——日本国内における今後の展望についてお聞かせください。
澤山氏:「BESVはデザインから設計、開発、そして組み立てまで一貫して手がけられる体制を持っていますが、実はこれってすごく珍しいことなんです。多くのeバイクは、たとえばヨーロッパならボッシュ、日本ならシマノなど、モーターやコントローラーを外部サプライヤーから供給されて使っています。そうすると、たとえば同じユニットを使っていれば、どのブランドの自転車に乗っても、アシストの乗り心地ってほぼ変わらないんですよ。そうなると、差別化がとても難しくなるんです。
その点、BESVはすべてをイチから作れます。実際、台湾ではフレーム製造メーカーもアッセンブリ工場もグループ内に取り込んでいるため、自社でOEMの受託もしつつ、自社ブランドとしてBESVを展開しています。なので、一気通貫でeバイクをつくれるブランドという意味でも、BESVのポジションをもっと確立していきたいと思っています。

ブランド設立から10年が経ち、業界内ではある程度認知もされてきましたが、やっぱりまだ一般の方への浸透はこれからだなと感じています。BESVも、『あの自転車ブランドね』と思ってもらえるような存在にしていきたいですね」
——最後に、澤山さんご自身として、昨今の生成AIの状況をご覧になって、AIと人の生活はどのように変わっていくとお考えですか?
澤山氏:「私もChatGPTを有料会員として使っていますが、日々の仕事でかなり活用しています。特にアイデアを出すときには相棒みたいな存在ですね。『こういうカタログのキャッチコピーを考えて』とか、そういう依頼にもちゃんと応えてくれるので、クリエイティブ系のタスクに関しては、圧倒的に作業時間が短くなりました。
一方で、AIで生成したフェイク動画みたいなものが増えてきていて、『せっかくの技術をなんでそんなくだらないことに使うんだろう』って思うこともあります。どれだけAIの性能が上がっても、結局はそれをどう使うか。人間の側の倫理とか人間性が、もっともっと問われるんじゃないかと感じていますね。 eバイクもまた、使う人によって価値が変わる道具だと思います。通勤に使う人、週末のアクティビティとして楽しむ人、健康のために乗る人。それぞれのスタイルに合わせて進化できる柔軟さが、これからのモビリティには求められていくはずです。eバイクとAIが組み合わせることで、自転車が一人ひとりに寄り添えるようになり、もっと身近な存在になっていくことを期待しています」

株式会社BESV JAPAN 代表取締役・澤山俊明氏
BESVブランドを展開する株式会社BESV JAPAN代表。IT周辺機器製造メーカーを母体とする同社で、日本市場のセールス、プロモ―ション、アフターサポートを担う。また、アジア向けモデルの企画、開発、を通して、AI技術を活用しパーソナライズされた乗り心地と安全性の向上を目指している。台湾の自転車産業との連携を深め、グローバルな視点からeバイク市場の発展に貢献している。