【インタビュー対談】2WINS 小川椋徹氏 × Axell 客野一樹。中編/AI開発者としての哲学と、ここ数年のAIの進化が現場にもたらしたこと

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ailia.AI 編集部

「アカデミアとビジネスをつなぐ」をキーワードにAI研究をリードしながら、その活動をビジネスに転用するための道を開拓しようと日々模索する、東大発“AIベンチャー”「2WINS」。本企画では、代表取締役・Co-CEOの小川椋徹さんとAxellの常務取締役・客野一樹による対談形式のインタビューを実施。「2WINS」の軌跡や発足の背景についてうかがった前編に続き、中編ではビジネスとAIをキーワードに、現在注視している事柄や今後の予想について話をうかがいます。

それぞれが抱く、AI開発における独自の哲学

客野一樹(以降:客野):「2WINS」発足からすでに2年が経ちますが、開発において変わらない考えや哲学などはありますか?

小川椋徹さん(以降:小川):まだ誰もつくっていなかった、もしくはつくれないと思っていたものを自分たちのチームでつくって、社会全体あるいは社会の一部に届けたいという考えはずっと変わっていませんし、自分は一生これを追い求めるんだと思います。結果として「これつくったのって、あいつらなんだよね」って言われる存在になりたい。そんな思いを軸に開発と向き合っています。作った自分たち自身も「役に立っているな」と思えるもの生み出して、そこからソーシャルインパクトを与えられるようなチームを築いていきたいですし、AIはそのためのツールのひとつと捉えています。

客野:素晴らしいですね。小川さんたちのAI開発は、今後人びとの生活をどのように変えていくことができると考えていますか?

小川:AIがさらに人びとの生活に広まることによって、「人々の時間をもっと本質的な部分に集中できるようになる」と思っています。今の世界では自分が本当にやりたいことを始める前に、まずはその他のことをたくさんやらなければいけない状況が往々にしてあります。でも、それをせずに本質的な部分に時間とお金をかけていい世界が提供できるんじゃないかって。その先の結果として、先ほどお伝えしたようなソーシャルインパクトを与えられる存在になれたらいいと思っています。そのためにも、まずは今の自分たちの手が届く範囲からソリューション開発を進めて、その輪を広げていきたいと考えています。客野さんの考えも教えていただけますか?

客野:個人的な意見ですが、自分がつくったアプリなどを自分で使う瞬間がいちばん幸せなんですよね。自分がつくったものを毎日使いながら研ぎ澄ませていくから精度も上がりますし、自分自身も充実した気持ちになっている気がします。自分で設計しているのでおのずと最適なUI/UX、APIになりますし、使っていてストレスもない。自分がいちユーザーとなり、満足できる製品やサービスをお客様のためにお届けするというのが、大事にしているポイントです。

小川:そういった意味では、アプリの場合は今後「パーソナライズ」もひとつのキーワードになってくるのかもしれませんね。

客野:あとは地道に開発を進めながら“量から質をつくる”という姿勢も、昔からずっと変わりません。そんな感じでいろいろなものをつくってきましたが、いまいちばん使用頻度が高いのは自社の「ailia SDK(アイリア SDK/Axell社が開発した世界最速クラスの推論エンジン)」です。毎日ailia SDKのAPIでアプリをつくっていたり、「ailia DX Insight(アイリア DX インサイト/Axell社のAI DXアプリ)」で社内のエンジニアに送る指示書を英語に翻訳していたり、実はいまも取材の議事録をAIで作成しているんですよ。

小川:使えば使うほど意外な可能性に気づくことも、AIのおもしろいところですね。

客野:AIは進化も目まぐるしいですし、インターネットが人びとの暮らしをエンパワーメントしてきたように、AIの進化もこれから加速することで、業務において一人ひとりの発揮できるチカラも加速度的に増していくようにも思います。

小川:確かにインターネットが普及した当時も、まさに今のような時代の転換期だったのではないかと思います。でも、その一方でインターネットが変えた領域って意外と狭いんじゃないか? とも思っていて。広告やECの領域には大きな変化をもたらしましたが、変えることのできなかった領域もたくさんある。AIの場合、その影響力はもっと大きくて、どの領域にも変化をもたらすと考えられます。そこがとても楽しみです。

客野:弊社の「ailia SDK」を導入されているお客様をみても、小川さんの言うとおり業界がバラバラなんですよね。作り手としても、AIの“幅の広さ”というのは常日頃感じています。

その速さに開発者たちも翻弄される、現在のAIシーン

小川:AIを専門分野としてビジネスにしているので、もちろん最新のAI事情に置いていかれる訳にはいかないのですが、正直いって情報の流れが速すぎますし、僕ひとりでついていくのは不可能(笑)。自分よりも情報収集能力のある仲間たちすら「すべての情報をキャッチするのはしんどい」というほど、日々新しいAI関連の情報が、目まぐるしい速さで飛び交っています。

客野:AIに関する新しい論文も、日々出てきますもんね。

小川:そうなんです。最新の論文をいくつか読んで「この事業をやれば新規性が出せるかも!」と思っても、間髪入れずに次の情報が話題になる状況。AIのことを知っている人ほど、その情報の速さを感じているのではないかと思います。

客野:最近では他分野とクロスオーバーした新たな取り組みもより多くみられるようになりましたよね。AI×ロボティクスとか。

小川:自動運転などのインフラにおける新技術や、果樹の自動収穫といった農業での活躍など、一部の機能をAIが担うものも多く出てきていますし、まだまだ広がりを見せる“雰囲気”を感じています。あらためて、AIのシーンはとんでもない速度で動いているなと思いながら見ていますね。

客野:AIは進化の速度が速い反面、「YOLOv3」などの2018年頃のAIを使い続けているケースもあります。というのも、「ChatGPT」が登場する以前の2020年から2022年頃に世界のAIシーンが一時的に盛り下がった時期があり、研究を一時ストップされていた企業も多く、ここ数年のAIの躍進で再び動き出したという事情もあるようです。そのため、最新のAIをDXに取り入れていこうとなったときに、何かしらのSDK(Software Development Kit/ソフトウェア開発に必要なプログラムなどがパッケージ化されたもの)を使った方がキャッチアップしやすいため、弊社の「ailia SDK」や組み込みAIが求められるといった背景もあるようです。また、2023年以降ではCNN(Convolutional Neural Network/主に画像認識の分野に置いて使われてきたニューラルネットワーク)ではなくVision Transformerが主流になるなど、ますます「ailia SDK」の評価も高まっている状況です。

小川:2022年には生成AIのシーンに「Stable Diffusion/ステイブル・ディフュージョン」が登場して、2年で静止画のみならず動画生成まで可能になりましたし。[小川椋徹1] 

客野:速度感も早いし、すべてが非連続なんですよね。毎週新たなアーキテクチャが出てくるような、ある意味で異常な状況が続いていたと思います。2023年の後半までは続々と新たなアーキテクチャが出てきたわけですが、現在は同じアーキテクチャでさらに大量のデータを処理する方法へシフトするなど、世の中のAIシーンは“チカラ技”路線にシフトした印象を受けています。とはいえ、気を抜いているとトンデモない新しいニュースが飛び込んでくるのが、AIシーンのおもしろいところであり、気を抜けない部分でもありますね(笑)。

小川:開発においては客野さんのおっしゃる“チカラ技で進めるAI”と、計算量が多いと使えない領域やローカルでしか使いたくないような場面での“制約をつけたAI”のふたつに枝分かれしていると思います。後者のように、一つひとつの小さなAIを組み合わせて強靭なAIに対抗するような動きもあると耳にしますが、客野さんとしてはどうなっていくと思いますか?

客野:上位にいる“大きなAIモデル”が強くなってくれたおかげで、“小さなAIモデル”をつくる工数が減っているというメリットがあります。例えば、会議室に置かれた「傘」をAIに認識させたい場合、以前は傘のデータセットを自分で撮影してアノテーション(画像データなどにタグやメタデータをつける作業)をしなければなりませんでした。しかし、今では画像さえ集めてくれば基盤モデルであるDetic(Meta社の開発した画像認識モデル)などでアノテーションもすべて自動で行うことができ、YOLOX(リアルタイム物体検出モデル)の学習を回すだけになるなど、工程がだいぶ簡略化されています。AIの用途が決まっているのであれば、今後さらに手軽に開発ができるようになるのではなないでしょうか。

小川:2年ほど前、自動運転のためにYOLO用にクルマやひとのデータを手作業でアノテーションしたことがありましたが、「いまだったらあの作業、やらなくてよかったんだな…」なんて、ちょっと複雑な気持ちでもありますね(笑)。

客野:そういう便利なAIを公開してくれるのって、我々開発の現場としてもありがたいですよね(笑)。

写真右
小川椋徹/おがわ りょうと

2WINS 代表取締役 Co-CEO
東京大学工学部機械情報工学科 卒業
東京大学大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 修士1年
アカデミアでは協調型自動運転の研究に従事。一般社団法人学生web3連合代表理事。東京大学最大のブロックチェーンエンジニア団体である本郷web3バレーのCo-Founder/現事務局総責任者。国内最大規模の学生ハッカソンとWeb3 Summitを代表として実施し、省庁や企業と連携したイベントの責任者を務める。東大松尾研の開講するGCI2023ではデータサイエンスを活かしたBizDevに取組み上位1%の優秀修了生を受賞。認定支援機関の支援担当者として中小企業の事業コンサルティングを2年間経験。「研究開発から社会実装へ」をテーマに自身でもAIの開発に取り組む。2022年、共同代表・吉村良太氏とともに「株式会社2WINS」を発足。

写真左
客野一樹/きゃくの かずき

株式会社アクセル 常務取締役 事業開発グループゼネラルマネージャ
ax株式会社 CTO 筑波大学客員准教授
筑波大学大学院において各種初等関数のハードウェア実装の研究で博士号を取得。株式会社アクセル入社後、アミューズメント市場向けの動画・音声の圧縮アルゴリズムの開発に従事。独自のAIフレームワークであるailia SDKを企画、開発。AIを専門に行うax株式会社設立、CTOに就任。現在は先端技術分野を中心にR&Dおよび事業化を行っている。

リンク

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Photo/Kenji Fujimaki